第27話 名もない要請
要請は、書面では届かなかった。
夕刻、執務室の扉を叩いたのは、見慣れない男だった。
王都の紋章も、正式な名札もない。
「……非公式の相談です」
それだけで、十分だった。
私は、椅子から立たずに頷いた。
「話をどうぞ」
男は、言葉を選ぶように一度息を吸う。
「南部三領の物流が、止まりかけています」
マルクスの手が、わずかに止まる。
「理由は?」
「調整が、うまくいっていません」
それは、言い換えだ。
責任の押し付け合いが始まっている。
「誰の名で?」
私が問うと、男は首を振った。
「……誰の名でもありません」
非公式。
だが、現実だ。
「解決策は?」
「それを、伺いに来ました」
私は、すぐには答えなかった。
帳簿を開く。
関係する三領の数字。
物流量。
滞留日数。
「……今、困っているのは誰ですか」
男は、即答しなかった。
「……末端です」
農民。
運び手。
倉庫番。
「上は?」
「……まだ、余裕があります」
私は、帳簿を閉じた。
「なら、急ぎません」
男の眉が、動く。
「しかし――」
「上が困らない限り、決断は下りません」
それは、冷たい判断だ。
だが、現実的でもある。
「今、私が介入すれば」
私は、言葉を続ける。
「“困ったら呼べばいい”前例になります」
男は、黙った。
「それは、もっと状況を悪くします」
沈黙。
やがて、彼は低く言った。
「……では、何を」
「準備を」
私は、短く答えた。
「誰が、何を、どこで止めているのか」
「それが分かるまで、私は動きません」
男は、深く頭を下げた。
「……承知しました」
扉が閉まる。
マルクスが、静かに言った。
「……冷たいですね」
「ええ」
私は、否定しない。
「でも、線を引かないと」
調整役は、便利すぎると毒になる。
その夜、ミーナが言った。
「助けられる人が、いるのに……」
「ええ」
私は、帳簿を閉じた。
「だからこそ、助け方を選びます」
全てを引き受ければ、全てが私の責任になる。
それは、続かない。
非公式の要請。
名もない依頼。
それを断ることもまた、
**役割の一部**だった。
私は、今日も線を引く。
誰かを見捨てるためではなく、
この仕事を、壊さないために。
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