第26話 断れない立場
王都からの書簡は、思ったよりも丁寧だった。
命令ではない。
要請でもない。
だが――断れない書き方だった。
「……“調整の参考意見を伺いたい”」
マルクスが、慎重に文面をなぞる。
「ずいぶん、柔らかいですね」
「ええ」
私は、頷いた。
「だからこそ、逃げ道がありません」
場所は、地方行政会議。
参加者は、各領の代理と王都の文官数名。
私は、主賓ではない。
だが、端席でもなかった。
「まず、レインヴァルト領の事例から」
司会役の文官が、当然のように言った。
誰も異議を唱えない。
私は、立ち上がった。
「成功例ではありません」
最初に、それだけ言う。
会場が、わずかにざわつく。
「黒字ではなく、余裕もありません」
帳簿の写しを示す。
「それでも、破綻しませんでした」
沈黙。
「理由は単純です」
私は、視線を巡らせる。
「問題を、後回しにしなかった」
それだけだ。
質問が飛ぶ。
「では、同様の手法を――」
「勧めません」
即答だった。
文官の眉が、わずかに動く。
「前提が揃わない改革は、混乱を生みます」
ミーナが、緊張した顔でこちらを見る。
「必要なのは、制度ではありません」
私は、続ける。
「“調整役”です」
会場が、静まる。
「数字と人の間に立ち、嫌われる役割」
それが、核心だった。
沈黙の後、誰かが言った。
「……それは、誰が」
私は、答えなかった。
答えは、空気が知っている。
会議後、文官の一人が声をかけてきた。
「正式な役職を、検討したい」
私は、首を横に振った。
「今は、不要です」
「ですが……」
「役職が先に立つと、調整が歪みます」
彼は、言葉を飲み込んだ。
帰路、ミーナが言った。
「……もう、逃げられませんね」
「ええ」
私は、否定しない。
「断らなかった時点で」
夜、帳簿を閉じる。
数字は、相変わらず地味だ。
だが――
この領地は、
**誰かが困った時に呼ばれる場所**になった。
それは、誉れではない。
むしろ、重荷だ。
だが私は、理解している。
この立場は、
断らなかった人間にしか、回ってこない。
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