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追放された悪役令嬢、赤字辺境領を押し付けられたので帳簿から立て直します  作者: 水城ルナ


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第2話 辺境領は、すでに終わっていた

 北へ向かうほど、景色は色を失っていった。


 王都を離れて三日目。

 馬車の窓から見えるのは、耕されていない畑と、崩れかけた道ばかりだ。


 人影は、ほとんどない。


 ――逃げたのだろう。


 私はそう判断した。

 盗賊に襲われた形跡もなければ、焼け落ちた村もない。ただ、静かに、人がいなくなっている。


「……領都は、もうすぐでございます」


 御者が遠慮がちに告げた。


 丘を越えた先に見えたのは、城と呼ぶにはあまりにも小さな建物だった。

 城壁はひび割れ、門は半分しか閉まっていない。


 歓迎の旗も、楽隊も、当然ない。


 私は馬車を降り、乾いた地面を踏みしめた。


 冷たい風が吹き抜ける。

 春のはずなのに、どこか冬の名残を感じさせる空気だった。


「……こちらへ」


 出迎えに来たのは、三人だけだった。


 年老いた文官。

 鎧のくすんだ兵士。

 そして、深く頭を下げた一人の男。


「領地管理官代理、マルクス・ヴェルナーと申します」


 代理。

 つまり、本来の管理官はここにいない。


「本日は……お疲れでしょうから……その……」


 言葉を探す様子に、私は小さく首を振った。


「構いません。まず、現状を知りたいわ」


 マルクスは一瞬だけ目を丸くし、慌てて頷いた。


「は、はい。では……こちらへ」


 城の中は、外観以上に荒れていた。


 廊下には埃が積もり、使用されていない部屋が大半を占めている。

 かつて人がいた痕跡はあるが、それは過去のものだ。


「人は、どれくらい残っているの?」


「……兵が二十名。文官が五名。使用人が……四名です」


 私は歩みを止めなかった。


「領民は?」


「帳簿上は……三千二百名ほど、ですが……」


 “帳簿上”。

 その言葉に、胸の奥で何かが静かに音を立てた。


 執務室と呼ばれた部屋は、がらんとしていた。

 机の上には書類の山。整理されているようで、されていない。


「こちらが、直近三年分の収支記録です」


 マルクスが差し出した帳簿を、私は受け取った。


 ……軽い。


 ページをめくる。

 数字は並んでいる。体裁は整っている。


 だが――


「……これは」


 私は顔を上げた。


「収入と支出の合計が、毎年ほぼ同じね」


「は、はい……黒字だと、報告は……」


「黒字“に見える”だけよ」


 マルクスが息を呑んだ。


 私は続けた。


「事業費が不自然に固定されている。年ごとの変動がない。人が減っているのに、支出が減らないのはおかしい」


 彼は何も言えなかった。


 責めるつもりはない。

 これは、彼一人の責任ではない。


「本当の管理官は?」


「……半年前に、王都へ戻られました。“ここはもう見込みがない”と……」


 そう言うマルクスの声は、小さく震えていた。


 見捨てられたのだ。

 この領地も、彼自身も。


「……私は、ここに来ることを望んでいなかったでしょう」


 唐突な私の言葉に、彼は戸惑った。


「ですが、逃げるつもりもありません」


 机の上に帳簿を置く。


「まず、事実を集めます。感情はいらない」


「……それで、立て直せると……?」


 彼の問いには、切実な不安が滲んでいた。


 私は、少しだけ考えてから答えた。


「分からないわ」


 正直に言った。


「でも、嘘を重ねれば、確実に終わる。なら、選ぶ道は一つよ」


 マルクスは、しばらく黙っていた。

 そして、意を決したように深く頭を下げた。


「……お手伝いさせてください」


 その姿は、忠誠というより――必死さに近かった。


「どうせ、ここを離れても行き場はありません。なら……」


「分かったわ」


 私は短く頷いた。


「ただし、期待はしないで。私は奇跡を起こす人間じゃない」


 奇跡は信じない。

 信じるのは、積み重ねだけだ。


 窓の外を見ると、夕暮れの中、城下町の灯りがぽつぽつと浮かんでいた。

 少ない。だが、ゼロではない。


「……まだ、終わってはいない」


 それは、彼に向けた言葉であり、私自身に言い聞かせる言葉でもあった。


 辺境領レインヴァルト。

 帳簿の上では生きていて、現実では死にかけている土地。


 ここから先は、誰も保証してくれない。


 それでも私は――

 この“終わりかけた場所”で、生き延びる仕事を始める。

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