第1話 断罪の場で、私は何も言わなかった
※この作品は、派手なチートや即効性のあるざまぁよりも、
地味な制度改革と人間関係を積み重ねていく物語です。
数字がすぐに報われるとは限りません。
ですが、嘘をやめた先に何が残るのかを、丁寧に描いていきます。
じっくりお付き合いいただければ幸いです。
それは、あまりにも整った光景だった。
白い大理石の床。高い天井から差し込む光。王城の大広間には、すでに結論が用意されているかのような空気が満ちていた。
「エリシア・フォン・レインヴァルト。貴様の罪状を告げる」
玉座の一段下、王太子はそう言って私を見下ろした。
その隣には、涙を浮かべた令嬢――ライラ・フォン・シュタイン。今日の“被害者役”だ。
周囲の貴族たちは、誰一人として私を見ようとしない。
いや、正確には――もう見終わった後、という顔をしている。
私は静かに背筋を伸ばした。
罪状は知っている。
横恋慕、嫌がらせ、虚偽の告発、陰湿な策略。
どれも、よくできた物語だった。
「……何か、弁明はあるか」
王太子は一応そう聞いた。
形だけだ。彼の中で答えはすでに決まっている。
私は一瞬だけ口を開きかけ――そして、閉じた。
弁明しても、無駄だ。
ここは裁判ではない。
これは“確認作業”だ。彼らが信じたい物語を、私に読み上げさせるための。
「……ないのか?」
「ございません」
短く、そう答えた。
ざわり、と空気が揺れた。
驚いたのは、ライラの方だったかもしれない。彼女は一瞬だけ目を見開き、すぐに悲しげな表情に戻った。
「エリシア……最後まで反省の色もないのですね……」
その声に、貴族たちが同調する。
「なんて冷酷な」
「やはり噂通りだ」
「公爵家の名が泣く」
私は、ただ静かにそれを聞いていた。
怒りがないわけではない。
屈辱を感じていないわけでもない。
ただ――それ以上に、理解してしまっていた。
ここで感情を見せることは、彼らの物語を補強するだけだと。
「よって、エリシア・フォン・レインヴァルトとの婚約は、ここに破棄される」
王太子の宣言が、大広間に響いた。
これで終わりではない。
むしろ、ここからが本題だ。
「だが、王家は慈悲を忘れない」
慈悲。
その言葉に、私は内心で小さく息を吐いた。
「レインヴァルト家の旧領――北方辺境にある土地を、そなたに与えよう」
ざわめきが、今度ははっきりと起きた。
――旧領。
かつてはレインヴァルト家が治めていたが、採算が取れず放棄された土地。
王都では“墓場”とまで言われている場所だ。
「そこで静かに余生を過ごすがよい。それが、そなたへの最後の温情だ」
温情、か。
私はゆっくりと頭を下げた。
「……ありがたく、拝命いたします」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
誰かが鼻で笑った気がした。
誰かが「どうせすぐ潰れる」と囁いた気もする。
それでいい。
私は顔を上げ、最後に一度だけ大広間を見回した。
ここには、もう私の居場所はない。
そして――なくなってよかった、とすら思えた。
◇
王城を出た後、馬車の中で一人になった瞬間、ようやく肩の力が抜けた。
窓の外を流れる景色を見ながら、私は静かに考える。
――破滅ルートは、回避できた。
少なくとも、この場で処刑される未来は消えた。
だが、与えられたのは“生き延びる権利”であって、“生きられる保証”ではない。
辺境領。
赤字。
人材なし。
信用なし。
条件だけ見れば、ほぼ詰みだ。
それでも。
「……数字は、嘘をつかない」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた。
感情は裏切る。
人も裏切る。
けれど、帳簿は違う。
壊れているなら、壊れていると示す。
誤魔化しているなら、必ず歪みが出る。
ならば、やることは一つだ。
生き残るために。
復讐のためではなく、見返すためでもなく。
ただ――
生き延びるために、立て直す。
馬車は北へ向かって走り続けていた。
王都から、私を追放するように。
そして私は、その追放先で――
彼らが想像もしなかった“仕事”を始めることになる。
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