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追放された悪役令嬢、赤字辺境領を押し付けられたので帳簿から立て直します  作者: 水城ルナ


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第17話 潰れなかった、という結果

 三十日目の朝は、特別な空気ではなかった。


 鐘は鳴らず、誰かが集まることもない。

 ただ、いつも通りに日が昇り、倉庫が開き、帳簿が置かれる。


「……入金、ありました」


 マルクスの声は、静かだった。


「どこから?」


「二村です。全額ではありませんが……」


 私は、帳簿を覗き込む。


 予定より少ない。

 だが――ゼロではない。


「理由は?」


「……“もう、待つ意味がない”と」


 待つ意味がない。

 それは、制度が折れなかったということだ。


 昼前、兵の給金の一部を支払った。


 全額ではない。

 だが、記録通り、順位通りだ。


 不満は出た。

 だが、怒号は上がらなかった。


「……本当に、書いてある通りだな」


 兵の一人が、板を見ながら呟いた。


 それだけで、十分だった。


 午後、商人から連絡が入る。


「……納入、再開します」


 エルナが、短く報告した。


「理由は?」


「様子見が終わっただけ」


 それは、勝利ではない。

 ただ、圧が効かなかったという事実だ。


 夕方、ヨハンが来た。


「……割れなかった」


 彼は、それだけ言った。


「揉めはした。でも、村は割れなかった」


 私は、深く息を吸った。


 帳簿を開く。


 赤は、まだ残っている。

 だが、増えてはいない。


「……耐えましたね」


 マルクスが、ぽつりと言った。


「ええ」


 私は、訂正しなかった。


 その夜、カティアが執務室を訪れた。


「三十日、経ちました」


「ええ」


「破綻条件には、該当しません」


 淡々とした報告。


「理由は?」


「三つあります」


 彼女は、指を一本ずつ立てる。


「第一に、強制を行わなかった」

「第二に、記録を公開し続けた」

「第三に――」


 少し、言葉を選ぶ。


「逃げなかった」


 私は、何も言わなかった。


「評価は?」


「しません」


 カティアは、きっぱりと言った。


「ですが、報告書にはこう書きます」


 彼女は、手帳を閉じる。


「“当該領地は、崩壊の条件を満たさなかった”」


 それだけだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 彼女は、帰り際に一言だけ残した。


「嫌われるやり方です」


「承知しています」


「だから、記録に残ります」


 扉が閉まる。


 執務室には、私と帳簿だけが残った。


 勝ったわけではない。

 救われたわけでもない。


 だが――


「……続けられる」


 マルクスが、初めてそう言った。


 私は、帳簿を閉じる。


 潰れなかった。


 それは、小さく、地味で、誰も拍手しない結果だ。


 それでも――

 この領地は、今日も生きている。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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