第16話 記録官は、拍手をしない
彼女が来たのは、昼前だった。
馬も従者もなく、簡素な外套を羽織っただけの女が、城門で名を告げた。
「王都巡回書記官、カティア・ローレンツです」
兵士が困惑した顔でこちらを見る。
私は、すぐに頷いた。
「通してください」
応接室に通された彼女は、椅子に座るなり、挨拶もそこそこに書類を取り出した。
「本題に入ります」
無駄がない。
「レインヴァルト領について、財政破綻の有無を確認しに来ました」
マルクスが、わずかに肩を強張らせる。
「結論を急ぎません」
カティアは、淡々と続けた。
「事実だけを確認します」
私は、帳簿を差し出した。
彼女は受け取り、黙ってページをめくる。
沈黙が、長い。
評価も、質問もない。
ただ、指先が数字を追っている。
「……赤字ですね」
「ええ」
私は否定しなかった。
「支払い延期をしています」
「確認しました」
カティアは、淡々と書き留める。
「強制徴収は?」
「していません」
「税率変更は?」
「していません」
彼女は、初めて顔を上げた。
「合理的ですが、危険です」
「承知しています」
それ以上の言葉は、なかった。
昼過ぎ、彼女は城下町に出た。
市場。
倉庫。
農地。
誰に対しても、同じ調子で質問する。
「最近、何が変わりましたか」
感想は求めない。
感情も評価もしない。
ヨハンは、腕を組んだまま答えた。
「……潰れてない」
それだけだ。
エルナは、少し考えてから言った。
「儲かってはいない。でも、騙されてもいない」
カティアは、頷き、記録する。
夕方、執務室に戻る。
「結論は?」
私が問うと、彼女は首を横に振った。
「今日は出しません」
代わりに、こう言った。
「成功はしていません」
私は、頷いた。
「ですが」
カティアは、帳簿を閉じる。
「失敗もしていない」
その言葉は、淡々としていた。
だが――
重かった。
「明日も、確認を続けます」
「ご自由に」
彼女は、立ち上がる前に一言付け加えた。
「拍手はしません」
私は、少しだけ笑った。
「それで結構です」
彼女が去った後、マルクスが小さく息を吐いた。
「……切られなかった」
「ええ」
私は、帳簿を閉じる。
「まだ、生きている」
勝っていない。
救われてもいない。
だが――
**外から見ても、潰れてはいなかった。**
それで、今日は十分だった。
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