第14話 正しくても、数字は崩れる
崩れたのは、朝だった。
「……入金が、止まっています」
マルクスの報告は、短かった。
「どれくらい?」
「主要三村。まとめてです」
私は、すぐに帳簿を開いた。
徴税額。
入金予定日。
未入金。
数字は、嘘をついていない。
だが――そこに、金がない。
「意図的ね」
「……はい」
偶然では起きない規模だ。
昼前、倉庫からも報告が入る。
「……商人からの納入が、遅れています」
理由は明確だった。
現金が回っていない。
徴税が止まる。
支払いが遅れる。
流通が詰まる。
数字は、連鎖する。
「……このままだと」
マルクスが、声を落とす。
「二週間で、支払いができなくなります」
兵の給金。
倉庫管理費。
最低限の行政。
全部、止まる。
私は、目を閉じた。
改革が効いた。
だから、止められた。
それが、現実だ。
午後、ヨハンが荒い息で駆け込んできた。
「……村で、話が出てる」
「何の?」
「“払わなければ、制度は折れる”」
私は、静かに頷いた。
「……教唆されてる?」
「間違いない」
その夜、エルナも来た。
「商人が、様子見に入った」
「圧?」
「圧よ」
彼女は、机を指で叩いた。
「“今は動くな”って」
数字が、締め上げられている。
それでも――
「税率は、変えない」
私は、言い切った。
マルクスが、息を呑む。
「……今、上げれば……」
「終わる」
私は、はっきり言った。
「信用が」
夜、帳簿の前で一人になる。
数字は、赤に傾いている。
嘘は、書いていない。
だが、現実が追いつかない。
「……どうする」
選択肢は、三つ。
一つ。
徴税を強化する。
――短期的には回る。
二つ。
支払いを止める。
――治安が死ぬ。
三つ。
帳簿を誤魔化す。
――改革が死ぬ。
どれも、選べない。
その時、扉が叩かれた。
「……失礼します」
兵士だった。
「村から……代表が来ています」
夜更けに。
嫌な予感しかしない。
城門の前には、数人の農民が立っていた。
その中に、ヨハンがいる。
「……話がある」
彼の声は、重い。
「このままだと、村が割れる」
私は、彼を見る。
「……払う派と、払わない派が」
数字が、共同体を壊し始めている。
「……二週間」
私は、静かに言った。
「二週間、時間をください」
彼らは、黙った。
「その間、強制はしない」
「……本気か?」
「ええ」
ヨハンが、歯を食いしばる。
「……信じていいのか」
私は、答えた。
「信じなくていい」
彼らが、目を見開く。
「でも、見てください」
それだけ言った。
戻った執務室で、マルクスが言った。
「……無理です」
珍しく、断言だった。
「二週間、何もしなければ……」
「ええ」
私は、椅子に腰を下ろす。
「潰れます」
それでも。
「……やります」
マルクスは、私を見た。
「正しいから、ですか」
「いいえ」
私は、帳簿を閉じた。
「正しいだけじゃ、生き残れない」
だから――
「正しくない選択肢を、作らない」
それが、私の仕事だ。
数字は、崩れた。
だが――
ここで折れれば、全てが終わる。
**ここからが本番**だった。
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