第11話 善意は、利用される
猶予制度を公開してから、三日が経った。
申請は、増えた。
予想通りだ。
「……今日だけで、二十件です」
マルクスが、疲れ切った声で言った。
「却下は?」
「六件。条件不十分です」
私は、数字を見た。
多い。
だが――不自然ではない。
「内容は?」
マルクスは、少し言い淀んだ。
「……被害の証明が、妙に揃っています」
「妙に?」
「同じ村から、同じ理由で、同じ証明書式」
私は、ペンを止めた。
「……同じ筆跡?」
「……はい」
静かに、嫌な予感が形になる。
午後、ヨハンが執務室を訪れた。
「……おかしい」
開口一番、それだった。
「猶予の話が、村で“商売”になってる」
「詳しく」
「証明を書いてやるって奴がいる。代わりに、金を取る」
私は、目を閉じた。
来たか。
「村長?」
「……違う。もっと、巧妙だ」
ヨハンの声が、低くなる。
「“善意を広げてる”顔をしてる」
夕方、エルナも来た。
「噂、もう回ってるわ」
「どんな?」
「『猶予はコネがある奴だけ』」
私は、机に手を置いた。
制度は、まだ若い。
だから、歪みやすい。
「……誰かが、意図的にやってる?」
エルナは、はっきり言った。
「確実に」
それは、感情的な反発ではない。
商人の勘だ。
その夜、帳簿を確認する。
申請数。
承認率。
村ごとの偏り。
――ある。
特定の村だけ、異様に多い。
「……ここね」
マルクスが、かすれた声で言った。
「俺が、見落としてました」
「いいえ」
私は、首を振った。
「見落とすように、作られている」
それが、構造的妨害だ。
翌日、集会を開いた。
前よりも、人が集まる。
「……説明があります」
私は、板を掲げた。
「猶予制度が、悪用されています」
ざわめき。
「誰がだ!」
「名前を出せ!」
私は、首を振った。
「まだ、出しません」
怒号が起こる。
「なんでだ!」
「庇うのか!」
私は、声を張らなかった。
「今、名前を出せば」
間を置く。
「本当に困っている人が、申請できなくなる」
静まる。
「制度は、守ります」
私は、続けた。
「だから、変えます」
板に、新しい項目を書く。
「申請は、個人単位から“村単位の上限”を設けます」
ざわめきが、大きくなる。
「不正があった村は?」
「全体で、制限します」
それは、厳しい判断だ。
善意を悪用した一部のために、村全体が不利益を被る。
だが――
「村は、共同体です」
私は、はっきり言った。
「止められなかった責任も、共同で負ってもらいます」
空気が、重く沈んだ。
反発は、確実に来る。
その夜、マルクスは、動けなくなった。
「……やりすぎです」
椅子に座り込み、呟く。
「善意を信じた結果が、これだ」
私は、彼の前にしゃがんだ。
「信じたことは、間違いじゃない」
「でも……」
「信じ続けるには、仕組みがいる」
彼は、顔を覆った。
「……俺、向いてない」
その言葉は、弱音ではない。
本気の限界宣言だ。
私は、しばらく黙った。
そして、静かに言った。
「なら、続け方を変えましょう」
彼が、顔を上げる。
「あなたが潰れる改革は、失敗よ」
私は、帳簿を閉じた。
「切らない。壊さない。でも、守る」
そのためのやり方が、まだある。
善意は、利用される。
だからこそ――
**制度は、人より先に疲れてはいけない。**




