8.誘拐未遂とその目的についての考察
馬車の前で車座になった面々を、グレンはぐるりと見渡した。いずれも高貴な人たちだが、尻の下に何も敷かず、砂利の浮いた地面へ直に座っており、それを気にする様子もない。
まず正面に座るのは、アイリーン嬢。今は少年の姿でイアンを名乗っているが、これの正体がお姫様だとは誰も思うまい。仕草や表情が、どこからどう見ても少年なのだ。ただし美貌はそのままなので、とびきりの美少年である。
右手には髭の文官ことウィル先生。この会議に先立って軽く紹介されたときに、アイリーン嬢の秘書兼剣の師匠だと聞いている。先ほどの手並みからして、相当な達人であることがわかる。試合で三本中一本取れれば御の字と言ったところか、とグレンは値踏みする。
左手はドロシー。高慢ちきな侍女のふりをやめ、今はアイリーン嬢にべったり寄り添い、なにやら不気味に微笑んでいる。すこぶる美人だが、仕えるべき主人がよっぽどお好きなようで、グレンのことなど眼中にないと言った様子だ。
あとは、馬車の中に偽の姫様がいる。マリエと言う平民の少女で、身寄りがなく領主様の屋敷に住み込みで下働きなどをしながら暮らしているらしい。アイリーンに年が近く、お屋敷勤めで礼儀作法なども身に着けていたから、姫様の影武者に抜擢されたとのことだ。今は馬車の座席を占領して、すやすや寝息を立てている。普通、子供とはそう言うものだ。強いショックを受けた後は、糸が切れたようにことんと眠ってしまう。
ともかくグレンが知る限り、彼らは領主様と懇意の豪商が、預かった親書をカノーラ伯爵こと王弟殿下へ届けに向かうと言う体で旅をしている。しかし実態は、父の名代に任ぜられ、王弟殿下への表敬訪問に臨むアイリーン嬢その人の御一行だった。
いや、それはあくまでグレンが、個人的に調べて掴んだ情報である。まだ、もう一枚裏があると考えた方が良いだろう。さもなければ、襲撃の意図がわからない。
物取りならわかる。引き連れた荷馬車には、王弟殿下への付け届けが満載されているのだ。いや、中身が何であれ、普通の盗賊なら荷馬車を見かければ奪おうと考えるだろう。
暗殺。これも理解できる。貴族ともなれば恨みの有無に関わりなく、その生死が何かしらの価値が生まれるものである。もちろん、それは豪商の一行と言う偽装がばれたことを前提とする。
しかし、
「なぜ、誘拐なんだ?」
グレンは聞いた。聞いたところで、実行犯はすべて死んでおり、明白に答えられる者などここにはいない。
「普通は、そんな面倒なことしませんよね」
アイリーン嬢は同意する。
いや、とグレンは胸の内で訂正し、あえてイアンと呼ぶことにする。
「生きたまま運ぶより、殺してどこかに埋めて知らんぷりしてた方がずっと安全なのに」
イアンは平然と言う。見た目は可愛らしいが、口振りはどうにもかたぎのものに思えない。
貴族とはみんな、こう言うものなのだろうかと首をひねるグレンだが、兵士時代に仕えた領主はアイリーン嬢よりずっと世間知らずだった。
しかし、イアンの言い分は正しい。身代金や脅迫目当てなら、人質を生かしたままにしておく利点は少ないのだ。相手に人質は生きていると思い込ませれば、それで用は足りる。
さらった相手を生かしておいて得になるとすれば、
「人買いに売り付けるつもりだったのか?」
グレンは自分で言っておきながら、首を傾げる。
「お嬢様なら相当高く売れるでしょうね」
ドロシーが目をキラキラさせながら言った。こいつ、本当に侍女なのか?
「どんなに美人でも、一国の軍隊を差し向けられる危険と釣り合うだけの値段は付かないだろう」
「お嬢様なら一国くらい余裕で買える額になると思うけど?」
真顔のドロシーを見て、グレンはそれがおべんちゃらの類ではないと気付く。
「今の時点で、理由をとやかく考えるのはやめた方がよさそうですね」
と、イアン。
「とにかくわかっているのは、賊を差し向けた何者かが、姫様を生かしたまま捕まえたがっていることと、魔族につながりがあるってことです」
「金で荒事を請け負う魔族はいるのですか。あなたたち、冒険者のように?」
ウィル先生が聞いた。
「数は少ないが、いる。ただ、あいつらがこんな風に徒党を組むとは聞いたことがない。なにせ一人で十人力はあるから、わざわざ誰かと組む必要はないんだ。エラ、ちょっと来てくれ!」
グレンは先生に答えてから、肩越しに部下を呼ばわる。
すぐに女冒険者が駆け寄ってきて、ぎょっと目を見開く。
「なにやってんだ、グレン。偉い人を地べたなんかに座らせて!」
「お嬢さん、どうかお気遣いなく。所詮は卑しい商人ですから、なれております」
ウィル先生は言って、にこりと微笑みかける。
「ええ、いやだなあ旦那さん。お嬢さんだなんて上等なもんじゃないよ?」
そう言いながら、エラはまんざらでもないようだ。
「小芝居は別の機会にやってくれ。それより、あの連中のうち魔族は何人だった?」
グレンは聞いた。
「数は十六。全員魔族だった」
「全員?」
「一応、懐は漁ったけど、コインの一枚も入ってなかったぜ」
グレンは考え込んだ。魔族を十六人も従え、しかも手がかりを残さない手際。どうにもきな臭い。グレンはエラを仕事に戻らせ、自分の意見を口にする。
「プロゼンが一枚嚙んでたりしないか。あそこは昔の戦争で、魔族の部隊を使ったことがあると聞いたぞ?」
とは言え、グレンは自身は戦争に行ったことがない。
「あってもおかしくはないですね。そもそも、この旅の目的もプロゼンがらみなんです」
その後に続くイアンの説明によれば、こうだ。
とっかかりは、カノーラ伯爵が送ってよこした非公式な召集令状だった。それは、ナバ伯爵がプロゼンに通じているのではないかと疑う内容で、アイリーン嬢は、その疑いを晴らすべく父の名代として、この一行を率いている。ただし、謀反の疑いはそれ自体が不名誉なことであるから、あくまでこの旅は秘密裏のものである、と。
いや、グレンが名代の件を掴めた言うことは、ある程度、その情報を故意に流しているのかも知れない。
「まさか、この襲撃をわざと誘ったのか?」
「手紙の内容に、ちょっと違和感があったんです。僕が聞いて知ってる限り、カノーラ伯爵はそこまで短絡的な人じゃない。だとしたら目的はなんであれ、父上を誘い出すために、誰かが仕組んだ可能性もあるなあ、と。もちろん、偉い人を安全な城から外に引っ張り出す目的なんて、大抵が暗殺でしょ?」
自分の父親が狙われているかも知れないと言うのに、イアンはさほどショックを受けていない様子だった。かたぎかやくざ者か以前に、こいつは本当に子供なのかと疑ってしまう。
「手紙が偽造されていた、と言うことか」
「署名は本物に見えました」
「魔法で改ざんしたのかも知れんな。そんな魔法があるとしてだが?」
「錬金術でも同じことができるわ」
ドロシーが口をはさむ。
「薬品を使えば魔法より簡単だし、なんなら私にもできるもの」
こいつ、本当に普通の侍女か?
「とにかく、推測だらけで何もわからないことはわかったな」
グレンは皮肉っぽく言った。
「そうですね」
イアンは同意する。
「けどな、一番わからないのは、なんでお姫様が小姓の真似事なんてやってるかだ」
「えっ?」
イアンはきょとんとした。
「だって、ドレスを着て馬車の中にいたんじゃ、いざと言う時に戦えないでしょう?」




