7.魔族
「変わった毛色の賊でしたな」
ウィル先生は、死体の服で刀身をぬぐってから、剣を鞘に納めた。
冒険者たちは死体を一つずつ回り、死んだふりをした者がいないか確認している。それは、手にした得物で死体の喉や心臓を突き刺すと言う方法だった。荒っぽいが、合理的である。しかし、全員がその仕事に従事しているわけではない。仲間の遺体のそばで呆然と立ち尽くす者がいる。人目もはばからず号泣する者がいる。
敵は全滅したが、こちら側にも損害があった。死者は、最初に魔法で黒焦げにされた一人と、終盤の乱戦で二人。重傷者は四人。この後の旅についてこれそうな冒険者は、六人にまで目減りした。
「物取り目当てじゃないな」
グレンは、最初に襲い掛かってきた賊の上に屈みこみ、顔から覆面をはぎ取った。
イアンは死体の顔を覗き込む。年若い男で、一見すると普通の人間だが、瞳孔はヤギそっくりな形をしていた。魔族の特徴だった。会戦早々、グレンが賊の正体を看破出来たのは、おそらくこの目に気付いたからだろう。
グレンは死体の顔の真ん中に突き立ったナイフを引き抜き、覆面の布で刃を清めてから柄の方をイアンに差し出した。
「ありがとう、隊長さん」
イアンは無邪気を装ってナイフを受け取り、鞘に戻す。しかし、目を戻すとグレンが鋭い視線を送っていることに気付く。
「おまえも、見た通りの子供じゃないな?」
イアンは不覚にも寂しさを覚えた。どうやら、このお芝居にも幕が降ろされようとしている。
「ちょっと、誰か」
馬車の方から声がした。ドロシーが倒れた覆面男の傍に立ち、いらだたしげな顔をしている。彼女はまだ姫付きの高慢な侍女を演じるつもりのようだ。
「早く、これを始末してちょうだい。まだ息があるわ」
グレンはぎょっとして立ち上がると、剣を抜いて急いでドロシーの元へ駆け寄った。彼は、後に続くイアンをちらりと見るが、結局、何も言わなかった。
ドロシーが殴り倒した魔族は、覆面の下で時折血を吐きながらひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返してた。その目はうつろで、ぼんやりと何もない宙を眺めている。
グレンは剣の切っ先に引っ掛けて魔族の覆面をはぎ取った。
イアンに殺された魔族より年かさの男で、髪には白いものが混じっている。
「目的はなんだ?」
グレンは問うが、答えはなかった。
その代わりに魔族はごぼりと血の塊を吐き、息絶えた。
グレンは小さく舌打ちし、なにか手掛かりはないかと屈みこんで死体の胸元をまさぐる。しかし、彼はすぐにぎょっとして手を引っ込めた。
「どうやったら、こうなるんだ。馬にでも蹴られたのか?」
グレンはつぶやき、ドロシーに目を向ける。
ドロシーは目を反らした。あの黒い手甲は、いつの間にか外していた。
「その人、何もない所から急に現れたんです」
イアンは言った。もちろん彼は、魔族が姿を現した瞬間を見たわけではない。ただ、つい一瞬前まで何もなかった場所に、体臭と物音が唐突に起こったのだ。
「魔法を使ったんだろう。自分や他人の存在を、道端の石ころみたいにひどく目立たなくさせる呪文があるんだ。ただ、勘の鋭いやつには大して効果はないし、ちょっとしたことですぐに破れてしまう」
「それじゃあ、この人は魔法使いなんですね」
「おそらくな」
「すると、馬車の人たちを殺したかったわけじゃないのか」
「なぜ、そう思う?」
グレンはイアンをじっと見る。
「だって、そのつもりなら火の玉を投げて馬車ごと燃やせばいいでしょ。わざわざ扉を開けなくても?」
人間を一瞬で消し炭にすることもできるのだ。それくらい容易いだろう。
「扉を開けようとしたのか?」
確認するグレンに、イアンは頷いて見せる。
「すると、賊の狙いは姫様の身柄か」
グレンは馬車に目を向けた。
馬車は扉が開けられており、中には青ざめた顔の少女がいる。
グレンは立ち上がり、車内の少女に向かって一礼した。
「お嬢様。賊はすべて仕留めました。まもなく関所を越えますので、もう恐ろしいことが起こることもございません。どうか、ご安心ください」
そして、にこりと笑いかける。
こうして見ると、グレンはなかなかハンサムだった。なかなか異性受けは良いのかもしれない。実際、馬車のお姫様は、口元をゆるめて頷いている。
グレンはドロシーに向いて頭を下げる。
「勝手をお許しください、レディ」
高貴な姫に直接声を掛けた非礼を謝罪する。
ドロシーは苦笑いを浮かべてイアンに目を向けた。だまし続けていることを、心苦しく思えたのだろう。イアンも同じだった。
「彼ならよろしいのでは?」
いつの間にか、イアンの隣にやって来たウィル先生が言う。
イアンは振り返り、他の冒険者たちが忙しく働く方を見た。彼らは今、賊の死体や切り落とされた手足を引きずって、街道の外へ運び出そうとしている。衛生的な理由もあるが、何より死臭で獣や魔物を呼び寄せないためだ。
イアンは、他の冒険者たちがしばらく馬車の方へやって来ることもないだろうとあたりを付け、グレンに目を向けた。
「なんだ?」
訝しげな視線を返すグレン。
ウィル先生は咳ばらいをしてから、ぴしりと背筋を伸ばす。
「控えよ。こちらのお方はナバ伯爵がご息女、アイリーン様である」
グレンは目を見開き、小さく「そう言うことか」とつぶやいてから、わしわしと右手で頭をかきむしる。そうして束の間、なにやら自分の中で折り合いをつけてから、小姓のイアン改めアイリーンに向かって頭を下げる。
「お嬢様。どうか、これまでの無礼をお許しください」
「こちらも身分を偽っていたことです。それでも、これまでよく守ってくれました。感謝いたします」
「過分なお言葉、かたじけなく思います」
「でも、もうちょっとイアンでいたかったなあ」
小姓の口振りに戻してアイリーンは言った。
グレンは顔を上げて目を白黒させ、そして苦笑を浮かべた。
「どうせ、契約はまだ終わってないんだ。それまではイアンでいた方がよくないか。目的がなんであれ?」
「そうですね」
アイリーンは頷き、まだイアンでいられることを、こっそり胸の内で喜んだ。もちろん、正体を知られた今となっては、これまで通りと言うわけにはいかないだろう。それでも、グレンと気さくに話ができるイアンの姿は、捨てがたいものであった。
「よかった。これでやっと、ツンツン侍女の役を降りられるのね」
ドロシーは肩の荷が降りた様子でつぶやき、小さくため息を落とした。




