5.グレンとイアン
「これは、お忍び旅行みたいなものなんです」
最初の宿場町までの道筋を歩きながら、イアンは言った。この綺麗な少年は、グレンが護衛する貴人たちの小姓である。普通、イアンのような立場の者は、常に主人のそばに侍っているものだが、どう言うわけか彼は、馬車にも乗らずグレンと並んで歩いている。
護衛役を兼ねている様子もなく、イアンが身に着けている武器は、小さなナイフ一本である。そうとなれば、やはりグレンに多少なりとも好意を持ってくれていると考えて良いのだろうか。いやいや、それは少々うぬぼれがすぎないか。
ともかく、一行は海沿いの市街地を抜け、今は内陸へ向かう街道を進んでいる。質素な馬車と、みすぼらしい護衛が侍る様子のおかげで、ここまでは街道を行き交う人たちに、馬車の中にいる人が領主様のご令嬢であると気付かれた様子はなかった。
「なにか、やましいところでもあるのか?」
グレンは傍らをゆっくり進む馬車に一瞥をくれてから、当たり前の質問を返す。馬車は窓に紗が下ろされ、車内を見通すことはできなくなっていた。御者は、あの文官だった。貴族の服を古ぼけた外套で隠し、つば広の帽子を目深にかぶって町人の振りをしているが、立派な口髭は隠せていない。
「それも、あるかも知れませんけど」
「あるのかよ」
グレンは思わずツッコんだ。
「一番はお金じゃないかなあ」
「金?」
「はい。ああ言う人たちの旅行って、すごくお金が掛かるんです。正規の兵士の手当ては冒険者三人分だし、立ち寄る宿場では盛大に宴会を開かなきゃならないし、通り過ぎる町や村にはあらかじめお金を配って道をきれいにさせたり、歓迎の小旗を振る人たちを集めておく、なんてこともやらなきゃいけません。でも、商人の振りをしていれば、そのあたりも節約できます」
「俺も何年か前までは兵隊だったから、それはわからなくもないが、最後のは本当に必要なのか?」
グレンは半ばあきれて言った。
「え、隊長さんって兵隊さんだったんですか?」
イアンは目を真ん丸にして聞く。
「見えないだろ?」
「でも、馬車の人たちと話してるときは、すごくちゃんとしてるし、言われてみれば納得です」
兵士時代に、礼儀作法はしっかり叩き込まれている。
「あっ!」
うんうんと頷いていたイアンは、突然何かを思い出した様子で声をあげた。
「どうした?」
「うっかりしてた。護衛の人たちに、馬車の人たちのことを口止めしなきゃいけなかったのに」
イアンは自分の額をぺちんと叩く。
「それなら心配いらんよ」
グレンはそう言ってから、身を屈めて少年の耳元にささやいた。
「俺以外の連中は馬車の人たちを、普通の商人だと思っている」
「そうなんですか?」
イアンは目をぱちくりさせた。
「まあ、察しのいいヤツなら気付いているかも知れないが、それをあれこれ吹聴して回ることはないだろう。もちろん、仲間内で話し合うこともしない。秘密を知っていると誰かに知られるのは、余計な厄介ごとを呼ぶことになるからな」
秘密を知りたい者と、秘密を知られたくない者の両方から狙われることになる。
「隊長さんは、それを僕に教えて大丈夫なんですか?」
もっともな疑問をイアンは投げかけてくる。
「俺が、他の連中の知らない何かを知っていることは、もうとっくに知られてるだろうさ。なにせ、隊長だからな」
「なんだか、隊長って面倒なことばかりですね」
「まったくだ」
グレンは強く同意した。
ふと会話が途切れた。冒険者たちの雑談や、ピーチクパーチクと騒ぐ小鳥の鳴き声などがしばらく耳を撫でたところで、イアンが口を開いた。
「どうして兵隊を辞めちゃったんですか?」
「辞めたんじゃない。クビになったんだ」
「クビ?」
「どんな貴族様だって、しばらく戦争が起こりそうにないとわかれば、城に抱える兵隊を減らしたいと考えるだろ?」
爵位を与えられた貴族には、それにふさわしい特権が与えられ、同時に義務も課せられる。貴族の義務とは、王国に大事があれば兵馬を率いて王の元へはせ参じること。そのために日頃から武具や兵士を集め、来るべき時に備えねばならない。当然、その維持には金がかかるから、平時が続くと分かっていれば、削減しようと考えるのは人の常である。
したがって、プロゼン王国との暗黙の和約は、グレンのような失業軍人を大量に生み出すこととなり、彼らは自身らの技能を生かし暴力の代行を担うようになった。それが今、冒険者と呼ばれる人たちの走りである。
「いつ起こるかわからない有事に備えるのが、貴族の義務のはずなのに」
イアンは眉間にしわを寄せる。やはり、大人の事情は理解しがたいのか。
「その時は浮いた金で、傭兵や俺たちみたいな冒険者を雇えばいいのさ」
「そうなったら、隊長さんは大儲けできますね」
「とは言え、戦争になったら気軽に買い物だって出来やしないからな。ちょっとばかり貧乏でも、今が一番いいのかも知れん」
「確かに」
イアンは言って、熱心にうなずいた。




