4.冒険者
ナバ伯爵邸の前庭で、忙しく動き回る部下たちを眺めながら、グレンは今回の仕事を少々いぶかしく思っていた。
グレンの仕事とは、護衛である。
相手は領主様と懇意にある豪商の一人娘。彼女は領主様からの親書と贈り物を携え、カノーラにいる王弟殿下を訪問する。なんなら、彼女自身が贈り物でさえある――と言うのが表向きの話。実際は商人の娘などではなく、領主様の名代を命じられた、そのご令嬢である。
それなのに、冒険者を護衛に雇うのはいかがなものか。
もちろん、依頼主にはそれぞれ事情はあるだろう。貴族同士の交流は何かと耳目を集めるものだから、あえて商隊を偽装し世間をあざむくなどよくある話である。
されど冒険者、である。
この職業――それを職業と言うなら――の本質は、つまるところ暴力の代行だった。例えば用心棒、あるいは人畜に危害を加える魔物の駆除、果ては暗殺などと言った流血事。無論、護衛もまたしかり。
とは言え、護衛と言う任務は、単に対象と危険の間に立ちはだかるだけが仕事ではない。殊に貴族があいてともなれば、それなりの立ち居振る舞いを求められる。
それなのに、今回の任務として集められたのは冒険者ばかり十三人で、正規の兵士は一人もいなかった。なにゆえ高貴なお嬢様の身の安全を、こんなやくざ者たちだけに任せるのか。
依頼主の意図ははかりかねたが、ともかく円滑な業務のためにも、同僚たちとは十分にコミュニケーションをとっておく必要があった。出発の前日に熱心な話し合いが行われ、結果、数人がいくつかの痣と切り傷を負い、グレンは護衛隊の隊長となった。
しかしながら、そう言った役回りにうま味があるわけではない。日当は他の連中と同じなのに、依頼主との調整やら人員の配置やら、やらなければならないことが山ほどある。ちゃんとした士官が一人でもいれば、それらの面倒を全部押し付けられるのだが、あいにくといないのでどうしようもなかった。
あえて言えば、荷馬車へ荷を積み込むと言うきつい仕事を怠けても、文句を言われない点は隊長の特権とも言える。ただ、しかめっ面で腕を組み、たまに短い指示を飛ばすだけでよい。
「隊長さん!」
声を掛けられ振り向くと、あどけない笑みを浮かべる少年がいた。彼とはすでに何度も顔を合わせているが、見かけるたびにグレンは息を飲んでしまう。
「どうした、イアン」
グレンは努めて平静を装い、応えた。イアン少年は、その気のないグレンでさえも、思わず色を覚えるほど愛らしく美しい顔立ちをしていた。白っぽい金髪は頭の後ろでまとめ、平民の服ではあるがこぎれいな身なりをしている。
「馬車の人たちが呼んでます。たぶん、そろそろ出発したいんじゃないかな」
イアンは言った。彼は小姓のようなものを務めており、グレンたち下々の者と、箱馬車で運ばれる高貴な人たちとの取次ぎを担っている。
「そうか、わかった」
グレンはイアン少年の先導で、貴人が乗るにはいささか質素な馬車へと向かった。
イアンが扉を開くと、中には三人の乗客がいた。口髭の男、侍女、そして淡い金髪の少女。髭は文官然としているが、かなり腕が立つことはすぐに見て取れた。彼がいる限り、グレンたち護衛の連中が妙な気を起こしたとしても、目的を果たすのは骨が折れるだろう。少女の方は、まあまあ可愛らしいが、イアンほど美人ではない。人形のように表情がなく、いささか緊張しているようだ。
「出発はいつになるのかしら?」
侍女が口を開いた。どうにもつかみどころのない不思議な雰囲気の女だが、グレン好みの美人であることは確かだった。年齢は、見たところ二十歳を過ぎていないようである。しかし、他人に命令することに慣れている態度と口ぶりであった。
「もうしわけございません、レディ。遅れていた荷が先ほど届きましたので、その積み込みを行なっております。もうしばらくご辛抱ください」
「日暮れまでに最初の宿へ着きたいの。お嬢様を野宿させるわけにはいかないでしょ?」
「もちろんです」
グレンは頭を下げた。それから苦言を二言、三言頂戴し、彼は貴人たちの前を辞す。
「大変ですね」
なぜか、後をついてきたイアンが、ねぎらいの言葉をかけてくる。
「馬車のほうにいなくていいのか?」
「はい。しばらく用は無いから、グレンさんを手伝えって言われてます」
「そう言っといて、あの手の連中は急に思いついた用事を言いつける相手がいないと、ひどくイライラするんだ」
「怒る理由を作るのも、ぼくの仕事の内です」
イアンは言って、快活に笑った。
グレンは、彼を抱きしめて頭を撫でてやりたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまった。
「グレン!」
荷の積み込みを手伝おうと荷馬車へ向かっていると、瘦身の女が駆け寄ってきた。肌は日に焼け、身に着けているのは簡素な革鎧。少し汗臭いが、気になるほどではない。
「トラブルか、エラ?」
グレンは嫌な予感を覚えながら、女に応じた。
「エドとカールが、また喧嘩をおっ始めやがったんだ」
「ぶん殴って止めて来い」
「いや、その……」
エラは後ろめたそうに言いよどむ。
「そうしたら、二人とも伸びちまって」
グレンはため息をついた。
「水をぶっかけて叩き起こせ。馬車の連中が早く出発しろとせっついてる」
「水、もったいなくないか?」
確かに、飲み水は貴重だ。
「だったらションベンでいいだろう」
「そうか、わかった!」
エラはニヤッと笑って走り去った。
「大変ですね」
イアンがまた言った。
グレンは誘惑に負けて、イアンの頭をくしゃくしゃと撫でた。その感触で、少しばかり気が紛れた。




