22.決戦
「お前だけは、生かしておかない」
エドワード人形の口から響くコンスタンスの声は奇妙にくぐもり、さらにザーザーと言う雨音のような雑音も混じっていた。
アイリーンが、さっさと首を刎ねて終わりにしようと思ったとき、エドワード人形は吹き飛んだ手足の断面から細長いワイヤーを伸ばした。それは周囲に落ちていた兵士人形の残骸をからめ取り、自らに引き寄せ始めた。
「これは面妖な」
ウィル先生がぽつりとつぶやく。
最初に動いたのはグレンだった。彼はエドワードを一刀に両断しようと剣を振りかざして飛び出す。しかし、それに反応したエドワードは、ワイヤーが伸びる右手を振って、からめた兵士の残骸をグレンに叩きつけてきた。
不意を突かれたグレンは縦に構えた剣の腹を肩にあてがい、刀身を盾に攻撃を防ごうとするが、それはうまく行かなかった。
ハンマーのように振り回される人体の半分は、その程度でさばけるはずもなく、グレンは衝撃で数メートルほど吹っ飛ばされた。
「隊長さん!」
アイリーンは叫ぶ。
グレンは束の間、地面に横たわっていたが、ほどなく剣を頼りに、よろよろと立ち上がる。
そして、アイリーンがエドワード人形に目を戻すと、それはもう人の形を成していなかった。その見た目は、さながら樹木の怪物だった。
中心は、高さが六メートルほどもある円柱形で、その上に分岐する枝のような構造がある。それらを構成するのは人体の部品や鎧兜、剣や槍と言った武器であり、言うなれば怪物はがらくたの集合体だった。
一つ一つのがらくたは石垣のようにかみ合っているわけでなく、人形の体液である黒い石油の中に浮かび、流動し、うごめいていた。その中で、エドワードの顔だけが、幹の中央にとどまっている。
「お嬢様、さすがに分が悪くありませんか?」
怪物を見上げながら、ウィル先生が言う。
「そうね」
アイリーンは、怪物のあしらいかたを考えあぐねていた。せめて人間の形をしていれば対処のしようもあっただろうが、生憎と大木と戦う訓練は受けていない。
では、尻尾を巻いて逃げ出すのか?
ありえない。
もちろん、この怪物がそれを許すはずがない。
事実、怪物は枝の一本をこん棒のように、アイリーンの頭に振り下ろした。
アイリーンは剣を斜に構え、ふっと息を吐きながら攻撃を受け流す。軌道をずらされた怪物の腕は、大きく地面をえぐった。
もしグレンのように力任せに受けていれば、アイリーンは馬車に轢かれたカエルのように、ひしゃげていたかも知れない。
しかし、怪物の攻撃はそれで終わりではなかった。地面をうがった腕が、すぐさま横薙ぎに払われた。鞭のような一撃に不意を突かれたアイリーンだったが、苦し紛れに地面を蹴り、空中に身をひるがえし攻撃をかわした。
その間にウィル先生と、攻撃のダメージから立ち直ったグレンが行動を始めた。執拗にアイリーンを狙う怪物に、横ざまから斬りかかる。しかし大樹の怪物は、自身の身体を構成する剣や槍を突き出して、達人たちの攻撃を弾いた。
「クソッたれ!」
グレンが毒づく。
二人は一旦距離を取り、再び攻撃を加えるが、結果は同じだった。
達人たちが四苦八苦する間も、アイリーンは枝の攻撃をかわし続けていた。流し、弾き、叩き落とす。それも無理なら、軽業師のように宙を舞う。しかし、いつまでももつはずがない。アイリーンの体力も無尽蔵ではないのだ。
ドロシーとアラリコを呼ぶか?
いや、だめだ。
アイリーンはすぐさま自分の考えを却下した。
身動きできない王族たちを、護衛もつけず敵地に放置するなど、できようはずもない。彼らも、それを理解して各々の場所から動かずにいる。
アイリーンは不意に体勢を崩した。彼女が最初にそらした怪物の攻撃で、うがたれた地面の穴に足を取られたのだ。
うかつだった。
明け方の薄明で、地面の凹凸を見誤ったようだ。
横倒しになったアイリーンの上に、枝が振り下ろされた。彼女の胴周りよりずっと太い大枝だった。
死を覚悟する前に、アイリーンは起死回生の方法をひねり出そうと、頭脳をフル回転させた。思考は、どんな駿馬よりも速く駆けるのだ。たとえ死に至る道のりが刹那であろうと、アイリーンは思いつく限りの方策を考えた。
不意に、彼女は思い至った。それは、生まれてほどない子猫が、はじめて自分の尻尾の存在に気付いた時のような、理解への驚愕だった。
無意識に呪文が口をついて出た。
その直後――いや、ほとんど同時に、アイリーンの背後から丸っこい腕が突き出され、大樹の攻撃を受け止めた。
アイリーンが振り返ると、髪を短く刈り込んだ身の丈二メートルはありそうな、ほぼ全裸の男がいた。身に着けているものは下帯一つ。体毛は薄く、浅黒い肌は脂を浮かせてらてらと光っている。腹も胸も顎の下も皮下脂肪がつき、およそ節制とは無縁のたるんだ体つき。
そんな醜男が、人体の部品を絡めて作った直径にして五十センチはありそうな枝を、軽々と片腕で支えている。いや、そればかりか醜男はあっさり枝を引きちぎり、無造作に傍らへ投げ捨てた。
醜男は「うーい」とうめき声をあげ、ぼりぼりと尻をかきながら大樹の怪物に歩み寄った。
怪物は乱入者に別の大枝を振り下ろした。体躯こそ立派だが、醜男はどう見ても只人である。そんな攻撃を受ければただではすまない――はずだった。
大樹の攻撃を、男はかわすでも防ぐでもなく、ただ受けた。そればかりか、泰然自若と歩を進める。そして根元までたどり着くと、幹に両手で掴みかかり、エドワードの顔に強烈な頭突きをかました。
大樹の動きが一瞬止まる。しかし、すぐに立ち直り、枝の先端に剣や槍を集め、男を貫こうとそれらを振り下ろした。
ところが、だらしなくたるんだ男の身体は、あろうことか凶器をはじき返した。
男はエドワードの顔に何度か頭突きを加えてから、次いで赤ん坊のようにぷくぷくと丸っこい両腕で、大樹の幹を抱え込む。
ほどなく、みしみしと不吉な音が響き、大樹はもはや必死の様相で、枝に集めた凶器の先端を男の背中に振り下ろした。しかし、男の分厚い皮下脂肪を貫くには至らなかった。
みしみしと言う音は、断続的なばきばきと言う音に変わった。枝はぶるぶると震えてから、くたりと力を失い、そして大樹の幹は真っ二つに折れ、それを構成していた部品は元の残骸に戻り、体液の石油と共にそこらへ流れ散った。
「やったの?」
アイリーンは思わず言った。
「おい、フラグはやめろ!」
ハロルドが叫んだ。
「旗?」
アイリーンは聞き返す。
「なんでもない」
ハロルドの返事は、アイリーンの耳に入ってこなかった。醜男がくるりと振り返って、細い目をアイリーンに向けて来たからだ。
彼が何を求めているのか。
アイリーンは呪文を紡いだ。醜男の背後に歪んだ空間が現れた。そして、ただねぎらいの気持ちを込めて、醜男に頷いて見せる。
醜男はアイリーンに背を向け、静かに歪んだ空間に消えた。
「あっぱれ」
アラリコは称賛した。
アイリーンは立ち上がろうとするが、すぐに膝から力が抜け、くたりと地面にへたり込んだ。気力だとか、生きるための意欲の類がすっかり消え失せてしまったようだ。どうやら、これが魔力切れと言うやつらしい。
「大丈夫か、姫さん?」
グレンが手を差し出した。アイリーンは、それにすがって立ち上がった。
城壁の向こうから、やけに黄色く見える朝日が顔をのぞかせていた。




