21.黒幕
アイリーンは剣の柄に手を伸ばそうとするが、考えを変えて両手を挙げた。
「姫さん!」
グレンがぎょっとしたように声を上げる。アイリーンが降参したと思ったのだろうか。
アイリーンは隊長にちらりと目配せして、その心配がない事を伝えてから、前に進み出た。
「エディ座長、ちょっと質問があるんだけど?」
「どうぞ、アイリーン団員」
よしよし、乗って来たぞ。
「お父君をそそのかして、私たちを塔へ送り込もうとしたのは、あなた?」
エドワードは束の間、警戒するようにアイリーンを見つめたが、再び軽薄な笑みを取り戻した。
「そそのかした、と言うほど決定的なものではありません。ただ、あなたに対する害意を父上から問われたときに、はっきりとそれを否定しただけです。しかし、みなさんもご存じの通り、父上は私をまるで信用していませんから、彼があなたの身を守るために、何かしらの手段を講じることは明白でした」
「それが、腕利きの魔術師たちの護る塔に、私たちを閉じ込めることだった、と言うわけね。でも、私を守るなら他にも方法はあったはずよ。例えば護衛の兵士を送るとか?」
「まあ、確かにそうですが、それはまずありえない」
エディは小さく首を振った。
「なぜ?」
「父上が私を信用していないように、あなたもカノーラ伯爵を疑っていたからです。そうであれば、父上が寄越した護衛を、口封じのために送り付けた刺客と勘違いする恐れがある。そして父上は、そうなると確信していた」
「勝手に決めつけないで欲しいわね」
アイリーンは口をへの字に曲げた。
「ねえ、アイリーン。あなたは父上が用意した安全地帯を、牢屋ではないかと疑って脱出してきたんですよ。それなのに、どうして武装した兵士の方を信用できると?」
図星だった。
おそらく、そんな事態になれば、ごく当たり前のお姫様なら誇りと純潔を守るために、自ら命を絶つこともあるだろう。カノーラ伯爵が、それを危惧しないはずがない。
「つまり、私たちはずっとエディ座長の脚本通りに動かされて来たってことね」
「いやいや、とんでもない。ここまで舞台が盛り上がったのは、団員みんなの活躍があってこそですよ」
エディは大袈裟な仕草でお辞儀する。
「それに、あなたがたのアドリブにも、ずいぶん振り回されましたからね。おかげで、同志が全員命を落としました」
「私をさらおうとした魔族たちね」
「ええ。あなたがカノーラへたどり着く前に、捕えて人形にしようと言う計画でしたが、うまく行かないものです」
魔族たちが、アイリーンの殺害ではなく誘拐を試みた理由が、これではっきりした。
「アドリブと言えば」
アイリーンは、ふと思いついた体で言った。
「私が侍女と別行動したことも、それだったんじゃないかしら?」
「確かに、あれには肝を冷やしました。兵糧攻めを目論んでいたのに、頭数が減っては」
アイリーンは素早く振り返り、お気に入りの短剣を投げ放った。
それは、コンスタンスの左肩に突き刺さった。喉元の急所を狙ったはずだが、酷使のせいで刃が曲がっていたから狙いが外れたようだ。
「ちょっと、調子に乗りすぎたようね」
アイリーンは、あえて狙った結果のように言った。
「どうして」
コンスタンスは肩を押さえながら、アイリーンを睨み付けた。
「私が一人で塔に入ったのを知っているのは、私とあなたとドロシーだけよ」
正確に言えば、ウィル先生やグレン、ハロルドとアラリコ先生も知っているが、彼らは被害者側だ。犯人側の勘定に入れる必要は無いだろう。
そして、それを証明するように、コンスタンスは瞬く間もなく姿を消した。一拍置いて、彼女がいた場所に向かって突風が吹き、傍らにいたカノーラ伯爵とアラリコは、そこへ吸い寄せられるように倒れ込んだ。
「なんと無茶な!」
アラリコが珍しく声を荒げた。
「一端の魔法使いであれば闇雲な転移魔法が、どれほど危険か知らぬわけでもなかろうに」
アラリコはぶつぶつと言いながら、カノーラ伯爵を助け起こした。
「一体、何が起こったんだ。コンスタンスは?」
カノーラ伯爵はアラリコにすがりながら、きょろきょろと周囲を見回した。
「ヤバくなって尻尾を巻いて逃げたのさ」
ハロルドがおおざっぱな説明をする。
「補習が必要か、弟子よ?」
アラリコが冷ややか声で言う。
「ちゃんとわかってるから要らないよ、師匠」
ハロルドは急いで言った。
アイリーンは、彼らのやり取りを背中で聞きながら、用心深く目の前の人形たちを観察していた。念のため抜刀するが、人形たちは全員、凍り付いたように動かない。エディなど、笑みを顔に張り付けたまま、すっかり固まっていた。
「あの娘は無事なのか?」
この期に及んでもなお、カノーラ伯爵はお気に入りの侍女を心配していた。
「アイリーン!」
不意に、エドワードが女の声で叫んだ。その顔は怒りの形相にゆがんでいた。
「無事だってさ」
と、ハロルド。
「よかった。ハロルドが言ったように、尻尾を巻いて逃げたのかと思ったわ。それじゃあ、私の短剣を返してくれる?」
「あら、そんなに大事なものだったの。だったら、誰かに投げ付けたりするもんじゃないわ!」
エドワードの姿を借りたコンスタンスは、拳を振りかざしアイリーンに襲い掛かった。
何の技量もない力任せの一撃だったから、アイリーンはなんなくそれをかわす。
しかし、エドワードの拳は固く均された地面を大きく弾けさせ、土くれのいくつかはアイリーンの身体を打った。とっさに顔をかばったので視界を損なうことは防いだが、まあまあ痛い。
さらに、兵士人形たちも一斉に前進を始めた。
「ハロルド、今よ!」
アイリーンは叫び、さらに後ろへ大きく飛び退いた。
ほとんど同時に、エドワードと兵士たちの足元が連続して小規模な爆発を起こした。
小規模とは言え、その威力はエドワード人形の拳骨よりも数段上だったし、正確だった。爆発で巻き上げられた土の塊は兵士たちを打ち、彼らはばたばたと地面に倒れ伏した。その大半が手足を吹き飛ばされ、血液代わりの黒い油脂をどろどろと流していた。
アイリーンはハロルドの手技をほめようと振り返るが、彼はへなへなと地面にへたり込むところだった。
「やはり補習が必要だ」
アラリコが渋い顔で言う。
「勘弁してよ、師匠」
ハロルドは弱々しく言った。
「大丈夫なの?」
アイリーンが心配してたずねると、ハロルドは右手の親指を立てて見せた。
「ただの魔力切れだよ。あとは鋼に任せた」
アイリーンは頷き、人形たちに向き直った。ウィル先生とグレンが、彼女を左右から挟んで立つ。
しかし正直なところ、目の前の惨状を見るに追撃が必要だとは思えなかった。
「アイリーン」
エドワード人形が、あちこちから黒い油脂を噴き出しながら、ぎこちなく身を起こした。彼の左足の膝から下、そして両腕の肘から先が無くなっていた。顔の半分が吹き飛び、銀色の骨格がむき出しになっている。眼窩に埋まる目玉は、白目も虹彩もないガラスと金属の複合物だった。




