20.地下通路の逃避行
一行は、グレンとウィル先生を先頭に、地下通路を小走りに進んだ。万が一、敵と遭遇した場合に備え、剣の達人二人を前衛に置いた格好である。しかし、彼らのすぐ後ろに続くアイリーンは、会敵があるとは考えていなかった。そして、彼女の後を行くハロルドと、彼の師匠に背負われたカノーラ伯爵の会話を聞いて、予想は確信に変わった。
「こんなものがあるとは、ついぞ知らなかった」
アラリコに背負われたカノーラ伯爵が、ぽつりと漏らした。
「先代のカノーラ伯爵からは、何も聞いてないのか?」
ハロルドがたずねる。
「私がこの城に入ったのは戦時中だったし、それも先代が戦死したためだ。おかげでろくに引き継ぎも受けられなかったし、当時働いていた使用人たちも、城の構造については図面以上の知識を持っていなかったからな」
おそらく館の貯蔵庫は、砦がいよいよ危ないとなったときの脱出路を、途中で塞いで作ったものなのだろう。いつ、だれがその工事を行ったのかはわからないが、今の城主である王弟殿下が知らないとなれば、最近のものでないのは確かだ。そして大抵の場合、そう言った秘密の通路は、図面などに記されることはない。
そうであれば、エディ人形を操る黒幕も、アイリーンたちがどこへ向かっているかなど、知るよしもないのである。
いや、ちょっと待て。
「それでは、この通路の行き先についても、心当たりはないと言うことですね?」
アイリーンは少し焦ってたずねた。行き先を知らないのは、こちらも同じだったとは。
「うむ。しかし、方角的には裏門へまっすぐに向かっているように思える。もちろん、途中で曲がったりしなければだが?」
「それはないと思います」
「ほう?」
「この通路は広さからして、ある程度の手勢を率いて迅速に城から脱出することを目的としているように見えるからです。つまり、敵の侵入を想定していないので、曲がりくねった構造にする意味がありません。ただ、そうなると出口は城の敷地内にあると考えるべきでしょう。城外に作って偶然誰かに発見されでもしたら、格好の侵入経路になってしまいますから」
「なるほど」
伯爵はうなずいた。
「ようするに、このトンネルを抜けると、おれたちは裏門の真ん前に飛び出すってことだな」
と、ハロルド。
「たぶんね」
アイリーンはうなずく。
「あとは、こっそり裏門を開けて、エディが気付く前にめいっぱい城から離れれば、おれたちの勝ちだ」
ハロルドは楽観的な見通しを口にする。アイリーンも同意見と言いたいところではあったが、どうしても疑念をぬぐいされずにいた。
エディは、城を脱出しようとするアイリーンたちを、まるで図ったように待ち伏せていた。理由はどうあれアイリーンが塔に入れば、ハロルドに脱出を決意させられると踏んでいたのなら、その行動も頷ける。しかし、アイリーンをハロルドたちの塔に送り込んだのは、エディではなくカノーラ伯爵なのだ。そして彼の思惑は、息子のそれとは正反対に、アイリーンたちを塔に閉じ込めることだった。
つまりエディは、アイリーンをハロルドに守らせようと言う父親の目論見を知り、それを逆手に取って籠城するハロルドを塔から引きずり出そうとした?
いや、そうではない。おそらく答えはもっとシンプルなはずだ。
カノーラ伯爵は、アイリーンの監禁を自分の決断だと思い込んでいるが、何者かによってそそのかされたのだ。エディを操る黒幕本人か、あるいはそれと通じた何者かに。
一行の目の前に、上り階段があらわれた。しかし、昇降口は頑丈な板でしっかり塞がれていた。
先頭のグレンが階段を上り、背中で板を持ち上げようとするが、それはびくともしなかった。
「だめだ。斧でも持ってこないと、こいつは開きそうにないな」
挑戦を終えたグレンは、階段を降りて小さく首を振った。
アイリーンはいつもの魔術をお願いしようと、ハロルドに目を向けた。
「それはやめとこうぜ。せっかくこそこそしてるのに、騒音を立てたりしたらエディに気付かれるぞ」
確かに、その通りだ。
「私がやってみよう」
アラリコは言って、行く手を阻む天井に指先を向けた。すると板材は端から朽ちて、ぱらぱらと崩れ去った。階段の上には、なにやら湿っぽいおがくずのようなものが降り積もった。
「あなたの師匠の魔術って、すごく繊細なのね」
アイリーンは感心して言った。
「おれの魔術は、反対にがさつでおおざっぱだって言いたいのか?」
「そうね。でも、私はあなたの魔術のほうが好きよ。だって何かが派手に吹っ飛ぶと、スカッとするでしょ?」
「まあな」
ハロルドはニヤリと笑って同意した。
「ねえ。こう言う魔術はできる?」
アイリーンは、ハロルドの耳元に口を寄せ、こそこそと提案した。
「面白そうだな」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせ、にやにやと笑い合った。
「おーい、そろそろ進んでいいか?」
グレンが聞いてきた。
一行は、おがくずが積もった階段をそろそろと上がる。そうして昇りきった先は小屋の中で、壁際に細い丸太を組んで作られた台がずらりと並んでいた。槍や弓のような武具を立て掛けておくためのものだろう。どれも埃が厚く積もり、長らく使われていないことがうかがえる。当然、床も同様の有様だったから、床板を吹き飛ばしでもしていたら、そこらじゅうに埃が舞ってひどい目にあうところだった。
「扉があるぞ」
ハロルドが指さす先に、鉄の帯で補強された頑丈そうな扉があった。すぐにグレンが取り付き、わずかに開けた隙間から外をうかがう。彼は仲間に向かって頷いて見せてから、扉を大きく開け放った。
小屋の外は広場になっており、すぐ右手に大きな門扉が見えた。とは言え、正門のそれよりはずいぶん小ぶりだったから、おそらくこれが裏門なのだろう。
すでに日が昇り始めており、辺りの景色は早朝の青白い光に染まっていた。
「裏門の外は跳ね橋になっている。そこの巻き上げ機で、橋を降ろしてくれ」
カノーラ伯爵が指さした先に、ハンドル付きのリールがあった。しかし、グレンが歩み寄ろうとした途端、がちゃがちゃと鎧の音が響いてきた。
アイリーンはため息をついた。彼女の一行に裏切者がいるのは明らかだった。さもなければ、未知の地下道を抜けてやって来たアイリーンたちの元へ、これほど迅速に駆けつけられるはずがないのだ。
人形の兵士たちが駆け寄って来て、アイリーンたちから三〇メートルほど離れたところで足を止めた。最初は百人ほどいた彼らだったが、今は半分もいない。おそらく館の中に取り残されているのだろう。
「お見事、お見事」
軽薄な笑みを浮かべるエドワードが、ぱちぱちと拍手しながら兵士たちの間を歩いて前に出てきた。
「最後の最後まで舞台を盛り上げてくれましたね。もっと続きを見たいところですが、残念ながら時間切れです。ここらを山場として幕引きに向かいましょう」




