19.人形の館
カノーラ伯爵は、アイリーンが思ってもみなかった答えを口にした。
アイリーンとドロシーを塔に閉じ込めたのは、エドワードから守るためだった?
その場しのぎに調子の良いことを言っているのではないかとアイリーンは疑うが、よくよく考えてみれば、わざわざ逃げ出してきたあの塔こそ、この城でもっとも安全な場所だった。少なくとも半月近く、ハロルドとアラリコが刺客を撃退しながら居座り続けた実績もある。
「ウィル先生とグレンの部屋を、兵士に襲撃させたのはどうして?」
ドロシーも部屋の中へ入ってくる。
伯爵は、と言うと侍女の実用的な格好に目を白黒させるばかりで、彼女の問いに答えられずにいる。
「それで?」
ドロシーは促した。
「私としてはアイリーン嬢の安全さえ確保できれば、十分だったのだ。とは言え主人が囚われたとなれば、彼女の秘書と護衛は本国に応援を頼んでいただろう。そして、ナバの軍がここへ押し寄せ、我々はひねりつぶされる。彼らを殺したのは、そうなる前に手を打っただけのことだ。もちろん、少なからず申し訳ないとは思っているが」
「あら、謝らなくていいわよ。二人とも、あなたの刺客を返り討ちにして、今もぴんぴんしているんだもの」
ドロシーは言って、肩をすくめた。
カノーラ伯爵は両手に顔を埋め、小さくうめいた。自身の企てが、何もかも裏目に出たことを嘆いているのだろうか。
事態に裏切られ続けているのは、アイリーンも同じだった。例の手紙はハロルドの手によるものだったし、塔に閉じ込められたのも、その言を信じるならばカノーラ伯爵が彼女を守ろうとした結果だった。そして陰謀の主格は伯爵ではなく、どうやら息子の方のようなのだ。
では、コンスタンスの役回りとはなんだ。この一件に、魔族はどうかかわっている?
アイリーンが、じっと女中を見つめていると、
「コンスタンスは、私に命じられたことをやっただけだ」
カノーラ伯爵が慌てた様子で言った。抜身の剣を持った人間が、お気に入りの女中をにらみつけているのだから、当然の反応だろう。
「ここへ来る前に、私たちは襲撃を受けました。賊は全員魔族で、彼らは私を拉致するつもりだったようです」
「同じ魔族だからと言って、その賊と彼女を結びつけるのは、いささか乱暴ではないか?」
そう言われては返す言葉もなかった。疑念はぬぐえないが、今のところ確たる証拠もない。そればかりか、カノーラ伯爵が、アイリーンを捕らえようとした動機は、行き当たりばったりに起こったもので、襲撃とはまるで関わりがなかった。
「おれはてっきり、叔父上とエドワードはぐるなんだと思ってたんだけど、ひょっとして違うのか?」
ハロルドが聞いた。
それもまた、アイリーンを裏切った事実の一つだった。
「あれは、エドワードではない。息子そっくりに作られた人形なのだ」
カノーラ伯爵は苦悩に顔をゆがめた。
「本物のエディはどこだ?」
「わからん。だが、息子の命と引き換えに、私はあの人形の言うなりになれと言われている」
「すると、エディ人形を操る誰かが本当の黒幕ってことか」
「おそらくな」
「目的はなんだ。おれの首か?」
カノーラ伯爵は首を振った。
「お前の言葉を借りれば黒幕は、お前そっくりの人形を作り、お前の代わりに王都へ返すと言っていた。次代の王を、文字通り傀儡に仕立てるつもりなのだろう。ただ、姿形を真似るのは簡単でも、癖や考え方は本人から直接写し取る必要があるらしい」
エディ人形が、どこかにいる黒幕の思い通りに動いているのだとしたら、ハロルドそっくりの人形も同様に操れるはずである。そうなれば、この王国は顔の見えない人形使いの思うがままとなろう。
「なあ、叔父上」
ハロルドが諭すような口ぶりで言う。
「本当は、もうわかってるんだろ。だから、アイリーンを助けようとしたし、こうやって偽エディの企みも話してくれた」
「言うな、ハロルド」
王弟は瞑目し、天井を仰いだ。
不意に、廊下の方からがちゃがちゃと、金属のぶつかり合う音が響いてきた。
すぐにアラリコが顔をのぞかせ、短く告げる。
「敵だ」
「どこから。館の出入口は全部塞いだんだぞ?」
ハロルドが聞き返す。
「この階には屋根の歩廊に出る昇降口がある。一階の玄関と勝手口以外に、外へつながる口があるとすれば、それくらいだ」
カノーラ伯爵が答える。
「まさか、壁を登ったのか?」
「あれこれ考えても仕方ないわ。王弟殿下、この館に地下室はありますか?」
アイリーンは早口でたずねる。
「いや、記憶にないな。コンスタンス?」
カノーラ伯爵は女中に目を向けた。
「厨房の地下に貯蔵庫があります」
コンスタンスが答える。
「籠城するのか?」
と、ハロルド。
「最悪は、そうするしかないわね」
「つまり、他にも手があるんだな」
「もちろんよ」
アイリーンは頷いてから、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラリコ先生はカノーラ伯爵を運んでください。彼は脚が悪いの。ドロシーはウィル先生と隊長さんの撤退を手伝ってちょうだい」
アラリコは伯爵を背負い、ドロシーは部屋を飛び出して剣戟の音がする方へ向かう。
アイリーンも部屋を出て、ちらりと廊下の奥を見やった。ウィル先生とグレンの背中が見え、その向こうには敵兵が持つ松明と、その光をぎらぎら反射する兜や刀身がいくつも見えた。
それらに背を向け、アイリーンは階段を駆け降る。後ろからハロルドの光球が追いかけてきて、アイリーンを追い越し先導を始めるが、主の方はついてこれていないようだった。
廊下を走り厨房に飛び込む。
「ねえ」
と、アイリーンは目の前の光球に呼び掛けた。
「もっと上から照らしてくれないかしら。部屋全体を見たいの」
ハロルドの光球はアイリーンの要望通り、上昇して天井の中央に張り付き、光量をあげた。
少し遅れてコンスタンスが厨房に駆け込んでくる。女中は部屋の隅に置かれた木製の大きな蓋を指し示す。
「あれが貯蔵庫の入口です」
アイリーンは、取っ手を掴んで重たい蓋を取り除いた。その下には地下へ降る急な階段が隠されていた。
息を切らしたハロルドがやって来て、暗がりに続く階段を覗き込んだ。
「梯子じゃないんだ?」
アイリーンは眉間にしわを寄せてうなずいた。
「梯子?」
コンスタンスが聞き返す。
「うん。おれが閉じ込められてた塔にも地下通路があって、そこには梯子で降りるようになってたんだ」
ハロルドが説明する。
アイリーンとしては、各塔を繋ぎ城壁の下を通る地下通路に続いていることを期待していたのだが、少々怪しくなってきた。構造が違うと言うことは、作られた意図や、はたまた時代が異なるのだ。それぞれの構造物が接続されていない可能性も、じゅうぶんある。
アイリーンは他の仲間の到着を待たず、階段を降った。背後でハロルドが呪文を唱えたので、周囲は途端に明るくなった。
降り立った地下室は広く、幅は塔から逃れる時に使った通路の倍ほどもある。ただし、そこかしこに木箱や樽が積み上げられているため、足場は狭い。加えて、四方を壁と階段で囲まれており、脱出路として使えるようには見えなかった。
いや。
アイリーンは、前方の壁に駆け寄り、カブが詰まった重たい木箱をいくつかどかす。
左右は石壁なのに、そこだけ板壁だった。
「ハロルド、来て」
昇降口に呼び掛けると、ハロルドとコンスタンスが階段を降りて来る。
「開けて」
「あいよ」
アイリーンが頼むと、ハロルドは呪文を唱え、板壁を吹っ飛ばした。その先には長い通路が続いていた。
「外まで続いてるかな?」
「わからないわ」
アイリーンは正直に言った。
「驚いた」
吹き飛んだ板壁の向こうを見て、コンスタンスがぽつりと漏らす。
「知らなかったのか?」
ハロルドが尋ねると、魔族の女中はこくりと頷いた。
遅れてやって来た他の仲間たちも、次々と貯蔵庫に降りてきて、辺りをきょろきょろ見回す。
「隊長さん、追っ手はどうしたの?」
アイリーンは聞いた。
「アラリコ先生が魔術で厨房の出入口を塞いでくれた。連中が入ってくる心配はない」
グレンは答え、ハロルドが吹っ飛ばした壁の向こう側に、すがめた目を向ける。
「この通路が行き止まりだったとしても、これだけ物資があれば一週間くらいはねばれそうだな」
確かに、王弟殿下の城の台所なだけあって、食料や燃料はたっぷり蓄えられている。もちろん、井戸は館の外だろうから、飲料水はハロルドの魔術に頼らざるをえないだろう。
しかしアイリーンは、籠城が最良の手段だとは考えていない。父が異常を察し、援軍を送ってくれるかどうかは、半ば運任せによるところが多いからだ。
アイリーンは、仲間たちをぐるりと見渡した。
「とにかく、この道がどこへ通じているか見てみましょう。どうするか決めるのは、それからよ」




