18.カノーラ伯爵の告白
館の一階をぐるりと巡った結果、グレンの予想通り、他の出入口は見当たらなかった。それは幸いだったが、肝心のカノーラ伯爵がどこにもいない。それどころか、どの部屋も空っぽで、使用人の姿も見えなかった。
「二階かしら?」
誰にともなく、アイリーンは言う。探しに行っても構わないが、闇雲に部屋をのぞいて回るのは、一階を歩いてみて非効率的であることが分かっている。
「彼なら知っているのではありませんか。アラリコ殿が寝かし付けた、見回りの男です」
ウィル先生が思い出させた。
向かってみると、見回りの男はまだ床の上に転がっていた。ドロシーが屈みこんで二、三度頬を叩くと、男は呻きながら目を開けた。
「調子はどう?」
ドロシーは労わるような口調で聞いた。
「頭がくらくらする」
男は上体を起こして言うと、アラリコを目にして小さく悲鳴を上げた。
「ちょっとした誤解だったの。彼も申し訳ないって思ってるそうだから、許してあげて。ところで、領主様がどこにいらっしゃるか、知らない?」
男はきょろきょろと周囲を見回し、奇妙な一行を見て訝しげな顔をする。
「さっき覗いた時は、三階の寝室にいたよ。コンスタンスが飲み物を持って行ってたから、また眠れてないんじゃないかな」
「一階を探してもいないはずね。膝を痛めてらっしゃるのに、なんだって三階でお休みされてるのかしら」
ドロシーは眉間にしわを寄せた。
「たぶん、コンスタンス以外の使用人に、煩わされたくないんだよ。ところで、あんたら誰なんだ?」
「ナバから来たお姫様の使用人よ」
「ああ。そう言えば、お客さんが来てるって言ってたな。なんだって、こんな時間にうろついてるんだ?」
「領主様に呼ばれたからよ。何か、お話があるみたいなんだけど」
ドロシーはさらりと噓をついた。
「あんたらも、旦那様の不眠に付き合わされた口か」
「そうね。でも、不眠に悩んでるなんて、何かご心労でもあるのかしら?」
「かもな。プロゼンに行ってたエドワード様が帰って来てから、ずっとそんな調子なんだ」
「プロゼンに行ってたの?」
ドロシーは、かすかに目をすがめた。
「一年くらい前に出発して、先月お帰りになった。それにしても、あんたすごい格好してるな?」
「気に入らない?」
「いや、すごくいいと思うぜ」
「ありがとう。他の使用人はどこなの?」
「人間の方は、俺とコンスタンス以外、みんな街へ行ったよ。急にエドワード様が小遣いをくれて、二、三日ゆっくりして来いって言うからさ。こんな時に見回りの当番に当たるなんて、ついてないぜ」
男はため息を漏らす。
「休めって言われたんなら、あんたもコンスタンスも、お言葉に甘えればよかったのに」
「そうも行かないんだ」
男は肩をすくめる。
「エドワード様が、魔法で動く人間そっくりの人形を、プロゼンからたくさん連れて来たもんでな」
思いがけない話が出て、アイリーンは小さく息を飲んだ。
グレンとウィル先生は顔を見合わせ、ハロルドはしかめっ面をして喉をさすっている。
「疲れないし文句も言わないから、みんなは仕事が楽になったって単純に喜んでるけど、俺はちょっと違う考えを持ってる」
「そうなの?」
「俺たちの雇用主はいい人だけど、給金の要らない人形と、給金を支払わなきゃいけない人間を比べて、どっちがいいかって考えないほど、お人好しじゃないだろう。だから、与えられた仕事をちゃんとこなして、クビにするには惜しいって思われるようにしなきゃならない」
「コンスタンスも同じ考えなの?」
「あの子もエドワード様がプロゼンから連れて来たんだけど、旦那様に気に入られてそばに置かれてるんだ。奥様はずっと王都の別邸住まいだし、旦那様もいろいろお寂しいんだろう。なんと言っても、彼女は美人で若いしな」
「確かに。それにしても、こんな夜中に何回も起きて見回りだなんて、本当に大変な仕事よね。いい加減、ゆっくり眠りたいって思わない?」
ドロシーは男に尋ねてからアラリコに目を向け、声に出さず「できる?」と口を動かした。
アラリコは頷き、短い呪文を唱えた。
「言われてみると、なんだか眠くなってきたな」
男は目を瞬かせた。
「そこの部屋で少し休んだら?」
ドロシーはすぐ近くの扉を指差した。
「領主様に会ったら、あんたがちゃんとお勤めをこなしてたって伝えておくから、心配しないで」
「悪いな。それじゃあ、そうさせてもらうよ」
アラリコが扉を開け、ドロシーは男に肩を貸して彼を部屋の中に連れて行った。少し間があって、ドロシーだけが部屋を出て来る。
「すごく滑らかだったわね、先生。彼、目が覚めても魔法で眠らされたなんて、きっと疑いもしないわ」
ドロシーはアラリコをほめた。
「起きて騒がれるのが嫌なら、もっとしっかり寝かし付けた方が良くないか?」
グレンは扉をちらりと見る。
「誰が犯人かわかるような殺しはしたくないの」
ドロシーは肩をすくめて言った。
「興味深い話でしたね」
ウィル先生は言った。
「つまり、コンスタンスを寄越して私にハロルドを救出させたのは、伯爵の思惑通りだったってことね」
アイリーンは眉間にしわを寄せた。
閉じ込められた塔から、まんまと逃げ果せたと思ったら、エドワードが人形の捕縛部隊をそろえて待ち伏せていた。しかも捕り物劇の目撃者を作らないよう、事前に金を配って使用人を追い出す用意周到ぶりである。
「自分らで閉じ込めておいて、こんな手の込んだことをしてまで、おれたちを塔の外に引っ張り出す理由が、ぜんぜんわからないぞ?」
と、ハロルド。
「最初は、あっちも閉じ込めたつもりだったかも知れないけど、後からあなたたちは籠城してたじゃない。首を刎ねたいのに牢屋から出せないんじゃ、捕まえた方だって困るでしょ?」
アイリーンは思い出させた。
「なるほど」
ハロルドは渋い顔で首の後ろをさすった。
「けどさ、おまえまで閉じ込めたのはなんでだ?」
「もし私がスカートを穿いていて、『閉じ込められてしまいました。助けてください、殿下』って言ったら、あなたはどうする?」
「見張りをやっつけて一緒に塔を脱出する。可愛いお姫様には、親切にするって決めてるんだ」
「あら、ありがとう」
「ばいんぼいんなら、なお張り切っただろうな」
アイリーンはハロルドの横っ腹を拳骨で小突き、ハロルドは短くうめいた。
「それに、頭数が増えれば籠城は難しくなるの。水とか食料とか、必要なものが増えるでしょ?」
「どっちも魔術で作れるけど、それを毎日三人分は、正直きついな」
ハロルドは頷く。
「とにかく、結果は同じになってたってこと。解答も出そろったし、答え合わせに行きましょう。あなたのおじさんが、まだ起きてたらいいんだけど」
おそらく夜明けも近い頃だろう。不眠症とは言え、そろそろ眠りに就いていてもおかしくはない。もちろん、寝ていたら叩き起こすまでだが。
一行は三階へ向かった。他の階と同じく部屋はたくさんあったが、階段からさほど離れていない扉の下から、ぼんやりと明かりが漏れているのが見えた。
ハロルドが大股に歩いて扉に歩み寄り、アイリーンが引き留める間もなく呪文を唱え、扉を吹っ飛ばした。アイリーンは抜刀し、ハロルドを押し退けて部屋の前に立った。
部屋の中には、カノーラ伯爵とコンスタンスがいた。ハロルドの叔父は椅子に座り、魔族の女中が差し出す陶製のカップに手を伸ばしたところで凍り付き、唖然とこちらを見つめている。
「アイリーン、剣をしまって」
ハロルドはアイリーンの横を通り抜け、粉々になった扉の破片を踏み越え部屋に入る。
アイリーンは、ハロルドを引き倒してコンスタンスを斬り伏せようかとも思ったが、ひとまず様子を見ることにした。もちろん、剣は抜いたままである。
「こんばんは、叔父上。こんな時間だけど、どうせ起きてたんだから構わないよね?」
「なぜ、ここにいる?」
カノーラ伯爵は、信じられないとでも言うような目付きで子供たちを見た。
「エディに捕まってなくて、残念だとおっしゃりたいのですか?」
アイリーンは剣の刃を矯めつ眇めつしながら言う。
「違う、逆だ」
カノーラ伯爵は小さく首を振った。
「アイリーン。私はエドワードが手出しできないよう、君と侍女をハロルドの魔法で守られた塔に匿おうとしたのだ」




