17.待ち伏せ
馬車の向かう先には、閉ざされた内門があった。
すぐにグレンとアラリコが向かい、左右の扉を同時に押す。しかし、扉が半分ほど開いたところで二人は手を止め、じりじりと後退を始めた。異常を察したウィル先生も手綱を引き、馬は短くいなないて足を止めた。
「やあやあ、お見事。実にお見事」
拍手と軽薄な声が上がる。
門の外には、笑顔でぱちぱちと両手を打ち鳴らすエドワードがいた。
なぜエドワードが、こんなところにいるのか。一瞬、理解が追い付かなかったアイリーンだが、すぐに自分たちの脱出を阻むためだと思い至る。しかし、グレンは抜刀しておきながら、立ちふさがるエドワードを斬りもせず、アラリコと並んで後退を続けている。おしゃべりエディなど、障害にもならないだろうに。
「さあさあ、囚われの王子を救い出し、いよいよ悪の城を脱出と言う段ではありますが、まだ幕は下りませんよ。そんな陳腐な筋書きは、観客も見飽きているでしょうからね」
エドワードはしゃべりながら、門扉の片方を押して全開にした。
それでアイリーンは事態を飲み込み、御者台を飛び降りて抜刀する。
「ちょっと待ってくださいね。こっちも開けないと」
エドワードは反対側の門扉も押し開けた。完全に開け放たれた内門の向こう側には、整然と隊列を組む兵士たちの姿があった。
エドワードが力仕事に励んでいる間に、グレンとアラリコは、敵に背を向け全力で走り出していた。
「馬車は捨てよう。一旦、館へ逃げ込んで立てなおすんだ!」
アイリーンたちに駆け寄りながら、グレンは言った。ウィル先生は御者台を飛び降り、アイリーンは馬車の扉に取り付いて激しくノックする。
「待ち伏せよ!」
声を掛けるとすぐに扉が開き、ドロシーがハロルドを放り出した。それを走り込んできたアラリコがキャッチし、肩に担ぎ上げる。完全に荷物扱いである。
エドワードの兵士たちは、がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら前進を始めた。ざっと見て、数は百。飛び道具は見当たらないので、アイリーンたちをみな殺しにする気は無さそうである。もしそのつもりなら、流れ矢など気にするはずがないからだ。
とは言え、おとなしく投降するつもりはない。
アイリーンは遮二無二に駆けて館の前まで来ると、扉を開けて仲間たちが追い付くのを待った。
まず、ハロルドを担いだアラリコ、次いでドロシーとウィル先生が来て、最後にグレンがアイリーンを横抱きにして館に飛び込み、扉を閉める。
「おじさん、扉から離れて!」
アラリコの肩の上からハロルドが叫んだ。
おじさんと呼ばれたグレンは苦い顔をするが、アイリーンを抱えたまま言われた通り扉から飛び退いた。
次の瞬間、きしむような音がして、扉は周囲の壁ごと分厚い氷に覆いつくされた。
「これで、ここはもう開けられない。おれが魔術を解かない限りね」
ハロルドは言って、得意げに笑う。
グレンは唖然としながら、抱えていたアイリーンを床に降ろす。
「ハロルドも魔術師なの」
アイリーンは説明した。
「殿下」
グレンがお辞儀をする。
「今はハロルドでいいよ、おじさん」
アラリコの肩の上から床に降ろされながら、ハロルドは言った。
「グレンだ」
グレンはしかめっ面で訂正する。
「さて、次はどうしますか?」
ウィル先生が言った。
「勝手口も塞がないと。正面がだめだとわかったら、彼らは搦め手に来るわ」
アイリーンは急いで言った。
実際、氷で固められた扉から、どしんどしんと音が鳴り始めた。
「あーあ。あいつら、絶対しもやけになるぞ」
ハロルドがぼそりと言う。
コンスタンスの案内で、勝手口までの経路を知っていたアイリーンは、みなを先導して走り出した。
廊下は相変わらず真っ暗だったが、ハロルドが例の光球を出してくれたので灯りには困らなかった。
途中、手燭を持った見回りの使用人と鉢合わせになったが、声をあげられる前にアラリコが拳骨で昏倒させた。
一行は厨房を抜け、勝手口にたどり着く。しかし、そこではすでに、数人の兵士が侵入を始めていた。
グレンとウィル先生が突進し、先頭の兵士を二人斬り伏せる。直後にアラリコが、厨房から拝借した大きなテーブルを即席の盾にして、残りの兵士を勝手口の向こうへ押し返した。
勝手口の前から敵が消えたところで、ハロルドが呪文を唱えて扉を勢いよく閉じ、さらに師匠のテーブルごと氷漬けにした。
「ひえー、危機一髪だったな」
ハロルドは、かいてもいない額の汗を袖でぬぐった。
「ねえ、ちょっとこれを見て」
ドロシーが死体の一つを爪先で突いて言う。
アイリーンは、すぐに侍女の言いたいことがわかった。
その死体は、鉄の胸当てで守られていない腹部を半分以上横薙ぎにされていたのに、まったく流血していなかったのだ。その代わり、少量の黒っぽい液体を、傷口からとろとろと流している。
アイリーンはナイフを抜いて、切っ先に液体をすくい上げた。液体を鼻先に持って行くと、なにやら瀝青のようなにおいがする。
「石油かしら?」
「なんで、そんなものが人間の身体から出てくるんだ?」
ハロルドも死体を覗き込んで言う。
すると、死体は不意に両腕を突き出した格好で上体を起こし、ハロルドの喉元に掴みかかった。
アイリーンはほとんど反射的に剣を振って死体の両腕を切り落とし、次の太刀で首を刎ね飛ばした。それで死体は再び倒れ、動かなくなった。
ハロルドが声にならない悲鳴をあげながら、喉元から二本の腕を引き剝がし、床に放り投げた。そして、息を切らせながら床の上に転がる腕をしばらく凝視した後、震える声で叫んだ。
「なんだよ、これ!」
アイリーンは、もう一つの死体に目を向けた。そちらは最初の衝突で、すでにウィル先生が首を刎ねていた。今のところ動き出す様子はなく、首の断面から流れているのは、やはり黒い液体である。
「斬った時の手応えは、普通の人間と変わりなかったんだがな」
グレンが眉間にしわを寄せながら言った。
アラリコが、腹を切られた方の死体を調べ始める。腕や足を動かし、腹の傷に指を突っ込み、切り落とされた頭を拾い上げ目を覗き込むなどしてから、巨漢の魔術師は口を開く。
「人の姿を模した魔法のからくりだ。異国では土くれで人形を作り使役する魔法があると聞くが、それと似たようなものであろう」
「魔術じゃないんだ?」
ハロルドが聞いた。
「うむ。この類の技術は全く研究されておらぬからな。魔素はおろか、呪文すら知られていないことも多い」
アイリーンには、ちんぷんかんぷんの会話だった。
「ところで、この館って他に出入口はないの?」
と、ハロルド。
「元は古い砦のようだから、他にはないだろう。敵に攻め込まれたとき、守る出入口が少ないに越したことはないからな」
グレンが説明する。
アイリーンも同意見だが、不便だからと言って、誰かがどこかの壁に穴を開け、新しい出入口を作っていないとも限らない。今はそう言う時代なのだ。
「念のため、調べておきましょう。それに、カノーラ伯爵の身柄も押さえておきたいし」
「首を刎ねるんですか?」
ドロシーが聞いた。
「まあ、そんなことしないわ」
「でも我らの隊長さんは、王弟殿下と息子の首を取って、城を制圧するつもりでいるみたいですよ」
「あら、それも悪くないわね」
「お嬢様?」
ドロシーはぎょっとする。
「ええ、わかってる。今は他の方法を試してみるつもりよ。カノーラ伯爵を押さえれば、外にいるエドワードとの交渉に使えるかも知れないし、なによりこの馬鹿げた陰謀を企んだ理由を聞き出したいの」




