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姫様はダンジョンへ行きたい  作者: 烏屋マイニ


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13/24

13.行動の時

 アイリーンの鼻先で、扉がばたんと閉じられた。途端に辺りは真っ暗になり、何も見えなくなる。

 アイリーンは全身で扉を押してみるが、びくともしない。試しに取っ手の辺りを探ってみるが、ざらりとした平らな鉄の感触があるばかりで、手掛かりのようなものは何もなかった。そもそも、内側から開閉することは考えられていないらしい。

 アイリーンは、この手の仕掛けがダンジョンにもあることを思い出した。いわゆる、一方通行の扉だ。こうして後戻りを防ぐことで、侵入者を惑わせる。

 まったく、想定外だった。

 まさか、塔に閉じ込められることになろうとは。

 食事に毒を盛られなかった時点で、カノーラ伯爵が口封じのために、何らかの手段を講じてくるかも知れないとは考えていた。もっとも警戒していたのは、寝静まったところを襲撃されることだった。なにせ、ここは城砦である。当然、客室にも窓がない。つまり、出入り口を押さえてしまえば、標的に逃げられる恐れもないから、それが手っ取り早く確実な方法と言えるだろう。

 しかし、部屋にやってきたのは女中のコンスタンスで、彼女は主人の陰謀から王太子を救い出すためと称し、アイリーンを外へおびき出した。では、中庭に出たあたりで兵士に囲まれるのかと思いきや、この有り様である。

 何より一番の想定外は、コンスタンスが魔族だったことだ。もちろん、魔族の使用人を雇ったからと言って、それが直接何かの陰謀に結びつくものではない。魔族とて人間なので働かねば食べていけないし、むしろ十人力の彼らは普通の人間よりも重宝されることだろう。

 ただし、コンスタンスは魔族であることを悟られないよう、彼らの特徴である目を慎重に隠していた。

 なぜ魔族であることを隠す必要があるのか。

 例えば、アイリーンを誘拐しようとした魔族と彼女の間に、何かしらの関りがあるとしたら、それも頷ける。そうであれば、魔族とカノーラ伯爵の関係は?

 考えていても埒が明かない。

 外がだめなら中だ、とアイリーンは内扉を調べることにした。幸い外扉とは違い、鉄の輪っかの取っ手があった。ただ、それは押したり引いたりするときの単純な手がかりではなく、ひねるとカチリと音がなった。そのまま肩で押すと、扉はすんなり開いた。人の気配がなかったので抜刀はしなかったが、アイリーンは「迂闊だぞ」と内心で自分をたしなめる。

 扉の先は塔の基部で、直径五メートルほどの円形の吹き抜けになっていた。高さ的に、それは何にも遮られることなく、天辺の櫓部分まで伸びているように見えた。

 床は石畳である。一つ一つがかなり大きい石材で作られ、表面は非常に滑らかだった。

 今さらになって、アイリーンは周囲が明るいことをいぶかる。探しても松明やロウソクと言った光源が見当たらないので、何かの魔法が使われているのかもしれない。

 壁からは幅が一メートルに満たない程度の石板が飛び出しており、それはらせん状に上まで続いている。どうやら階段のようだが手摺などはなく、足を踏み外せば運が良くても大怪我は免れないだろう。

 アイリーンは覚悟を決めて、一段目に足を乗せた。カノーラ伯爵が何を企んでいるにせよ、まずは塔の住人の正体を確かめねばならない。そして、それが王太子殿下であれば、ここからお救い差し上げるのだ。方法については、まあ、後で考えることにしよう。


   *


 アイリーンとコンスタンスが出て行くのを見届けてから、ドロシーは鼻歌まじりにドレスを脱ぎ始めた。なかなか面白いことになりそうだ。果たして我が愛しの姫君は、どんな苦難に直面し、それを切り抜けるのか。

 とは言え、ドロシーには仕事がある。荷物をあさり、衣装の中から身体にぴったりしたズボンと上着を引っ張り出して、手早くそれを身に着けた。色は濃い灰色で、石壁の色とよく似ている。顔にも同色の布を巻いて覆面し、隠れていない目の周りは化粧箱に忍ばせておいた煤で汚す。

 それから少し迷って、黒錆びを浮かせた鋼の手甲も身に着ける。ちょっとした斬撃を弾く盾にも、拳の打撃を強める武器にもなる便利な防具だが、少しばかり重く何かにぶつかればカチャカチャ音がなるので、こそこそする時には少々邪魔になる。とは言え、丸腰は心許ない。

 ドロシーは部屋を出て、音もなく廊下を進んだ。しばらく行くと、角の向こうに明かりが見えた。ドロシーはひょいと壁をよじ登り、天井に張り付く。

 すぐに手燭を持った使用人の男が現れ、大きなあくびをしながらドロシーの真下を通り過ぎた。兵士ではなく使用人に城内の見回りをさせるとは、なんとも不用心ではないか。泥棒に出くわしたら、どうするつもりなのだろう。まあ、彼は武器すら持っていないのだから、大声を上げるくらいしかできることはなさそうである。

 ドロシーは猫のように床へ飛び降りた。まったく音を立てなかったので、見回りの使用人は振り向きもせず廊下の向こうへ消えて行った。

 ほどなくドロシーは、グレンとウィル先生が泊まる区画へたどり着いた。ぼそぼそと低い話し声が聞こえたので、角からそちらを覗き込む。見えたのは、抜身の剣を提げるグレンとウィル先生だった。彼らは扉を開け放った部屋の前に立ち、なにやら話し込んでいた。部屋からは、ロウソクの灯がぼんやり漏れている。

「あなたたち、なにやってるの?」

 ドロシーが角から出て声を掛けると、グレンが素早く剣を構えた。

「グレン、今のはドロシーの声です」

 ウィル先生が言った。

 どうやら、二人からはこっちの姿が見えていないようだ。廊下の燭台はすべて消えているし、彼らは光の中にいるから目が闇に慣れていないのだろう。

 ドロシーは覆面の口元を下げながら、二人に歩み寄った。何があったのか聞こうとしたが、その必要は無かった。血の匂いが鼻を突いた。

「姫様はどうした?」

 グレンは構えを解いて聞いてくる。今の状況が、お行儀良くするよりも実用的な態度がふさわしいと考えているようだ。言うまでもなく、その判断は正しかった。

「ちょっと別件で動いてるわ」

 ドロシーは部屋を覗き込んだ。死体が三つ床に転がっているのが見えた。いずれも兵士の格好をしていた。

「襲撃があった」

 グレンが短く説明してくれた。

「エディのせいね」

 ドロシーはため息をついた。

「ええ。私もグレンも、カノーラ伯爵が我々の口封じに寄越したのだろうと結論付けています。あの会談の、どの部分を隠したいのかはわかりませんが」

 と、ウィル先生。

「王太子殿下がカノーラに滞在しているって部分よ。こっちに襲撃は無かったけど、ちょっと変わった訪問があったの」

 ドロシーはコンスタンスの告発について二人に説明した。

「その娘は信用できるのか?」

 グレンは眉をひそめた。

「まさか」

 ドロシーは肩をすくめる。

「それでも、お嬢様はあなたたちにこれを伝えて、馬車を用意しろって言ったの。私たちは、彼女が言ったとおりにするだけよ」

「加勢に行かなくていいのか?」

 グレンはなおも心配そうだ。そして、

「いや、いっそのことカノーラ伯爵と息子の首を取って、この城を制圧するか」

 物騒なことをぶつぶつとつぶやく。

「私たちだけで城を落とせるなんて、本気で思ってるの?」

 ドロシーはあきれた。この冒険者の頭の中は、脳みその代わりに鋼が詰まっているのではないか。

「それは最後の手段にしましょう。実際に王太子殿下が囚われているなら大義名分も立ちますが、違えばナバが罪をかぶることになります。今はお嬢様の命令通りに行動すべきです」

 グレンの案に反対していない点で、ウィル先生の言うことも相当に剣呑だが、後半についてはドロシーも同意である。

 三人は議論を切り上げ、仕事に取り掛かった。

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