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姫様はダンジョンへ行きたい  作者: 烏屋マイニ


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10/24

10.カノーラの城

 王弟殿下が住まうカノーラの城は、宮殿としての機能に重きを置いた今風の華美なものではなく、地味な石造りの要塞と言った体をしていた。全体的にずんぐりとしたシルエットで、遠目には巨大なヒキガエルがうずくまっているように見える。

 アイリーンは、城下町が城郭に守られていなかったことを思い出し、元は周辺の防衛拠点として作られた砦だったのだろうとあたりを付けた。おそらく王弟殿下か、あるいは先代あたりのカノーラ伯爵が住居と定めてから、ここは城と呼ばれるようになり、人が集まって街が作られたのだ。

 城が近付くにつれ、アイリーンは自分の見立てが正しいことを確信する。城壁は非常に高く、ざっと一〇メートルほどで、その周囲には環状濠も掘られている。石の積み方を見ると、ずいぶん古い造りのようだが、非常に堅固だった。しかし、土塁を破壊して城門までまっすぐ続く道を整備したり、跳ね橋を撤去して立派な欄干のある橋を設えるなど、城砦としての機能はすっかり損なわれていた。どうやら、ここでも戦争が忘れられて久しいようである。

 馬車は門塔に挟まれた城門を抜け、内門をくぐり、館の前庭で動きを止めた。他に往来が見られないのは、すでに夕刻も近く来客や御用聞きがいないためである。

 槍を掲げた二人の立哨兵が、おっとり歩み寄ってくるのが車窓から見えた。彼らは御者台に回り、一人が丁寧な口調でウィル先生に用件をたずねていた。

 外からグレンが扉をノックする。

 ドロシーは留め金を跳ねて扉を開け、グレンの手を借りて馬車を降りた。彼女は優雅な足取りで馬車から少し離れ、頭を下げて主人を待つ。

 イアンの格好ならぴょんと飛び降りるところだが、今はドレス姿なので、アイリーンもドロシーに倣い、グレンの手を借りて淑女らしくしずしずと馬車を降りた。

 地面に足を付けると、兵士の一人が敬礼をよこし、カノーラ伯爵閣下の元まで案内すると告げた。

 アイリーンは鷹揚に頷きそれに応じる。そして、兵士が背を向けたところでグレンに顔を近付けるよう身振りで示した。

 グレンは訝しげな顔をしながらも身を屈める。

 アイリーンは彼の耳元にささやいた。

「隊長さんも一緒に来て。手紙の差出人が、本人だった場合も考えておかないと」

 グレンは無言で頷いた。

 アイリーンは十中八九、件の手紙が偽造されたものだと考えている。しかし、その推測がはずれた場合、王弟殿下その人が、アイリーンを捕えるか殺そうとするかも知れなかった。とは言え、生憎とドレスでは剣を帯びることができない。スカートの下にナイフを隠しているが、それだけではいささか心許なかった。それでもウィル先生とグレンがいれば、大抵の危険はしのげるだろう。

 一行は兵士の先導で館内を進む。廊下の壁は外壁と同じく灰色の石組みで、元は砦であるから窓はない。その代わりにたくさんの絵画が飾られ、閉塞感をずいぶん和らげてくれていた。

 壁の高い所には、かつて松明を取り付けていたであろう鉄輪が等間隔に並んでいたが、今はすっかり錆つき、ぴかぴかに磨かれた青銅の燭台が、その代わりを果たしている。

 それだけで、カノーラ伯爵の権勢が、いまだ健在であることが知れた。灯されているロウソクは全て高価な蜜蝋だったし、放っておけば徒長して煤を吐く芯も、適度な長さに整えられている。おそらく専用の使用人がいるのだろう。

 兵士は扉の前で足を止め、それをノックした。

 扉が開き、女中が顔を覗かせる。まだ若い娘で、年の頃で言えばアイリーンとドロシーの中間くらい。女中はアイリーンたちの姿を見るなり、恐れ多いと言わんばかりに目を伏せた。

「ナバ伯爵閣下のご令嬢アイリーン様をご案内した。領主様にお取り次ぎを」

 兵士は言った。

「かしこまりました」

 女中は目を伏せたまま応じ、扉の向こうへ引っ込んだ。少し間があいてから、黒髪の優男が出てくる。ドロシーとさほど変わりない若い男なので、王弟殿下その人ではない。

 アイリーンは、記憶からカノーラ伯爵家の家族構成を引っ張り出す。確か息子が三人いて、上の兄二人は前の戦で亡くなっている。戦後まもなく先妻が亡くなり、年の離れた後妻と再婚、すぐに彼女との間に息子が一人生まれた。この優男がそれだろう。名前はエドワードだったか。ヒューベン男爵と言う称号を与えられていたはずだが、領地はカノーラ伯爵領に吸収されもはや存在しない。貴族の収入源はもっぱら領地からの税だが、彼のように無領地の貴族は王国内で適当な官職を与えられ、収税の代わりに俸給を得ている。

 婿候補としては、まずまずの相手だ。堅実さで言えば領地経営よりも、禄を食む方が上なのだ。とは言え、王弟殿下にとっては一人息子である。彼に求婚したら、むしろ嫁に来いと言われかねない。

「ようこそ、カノーラへ。どうぞ中でくつろいでください」

 優男は気の置けない態度でアイリーンたちを室内へ招く。

 部屋はさほど広くなかった。謁見の間ではなく、おそらく応接間なのだろう。照明の効果を上げるためか、壁や天井は白漆喰が塗られ、室内は明るかった。

 奥には暖炉があり、中はかっかと火が燃えている。昼間は暑いほどだったが、日が傾いてから急に涼しくなった。夜になれば、かなり冷え込むに違いない。

 暖炉の前には丸テーブルが一つあり、陶製のカップが二つとデカンタが載っていた。とは言え、それらは先ほど応対に出た女中が、盆に載せて運び去ろうとしている。

 椅子は二脚あり、一つには年配の男が腰かけていた。優男と同じ黒髪だが、白髪が混じって灰色に見えた。やや腹が出ているのは年相応であるにしても、首が太く胸板も厚い。彼が、日々なにかしらの鍛錬を行っていることは明らかだ。

 アイリーンたちを出迎えた優男は、壁際に並んでいた椅子を二脚、丸テーブルのそばに運んできた。

「さあさあ、お嬢様方。どうぞお掛けになってください。立ったまま挨拶なんて、堅苦しいことはやめですよ。ああ、男性方はご自分でどうぞ。私は美女以外に下心を持てないので、男性には親切にできないんです」

 よく口の回る男だ――と感心しながら、アイリーンは椅子に腰を降ろす。

 ドロシーは頭を下げて着座を断り、男性陣と並んでアイリーンの後に控えた。

「ありがとうございます、エドワード様」

 アイリーンは礼を言う。称号ではなく、あえて名前で呼び掛けたのは、かれのなれなれしい態度を不快に思っていると受け取られないようにするためだ。もっとも、少々辟易はしている。

「はて、以前にどこかでお会いしましたか。まだ自己紹介もしてなかったと思うのですが?」

 優男は目をぱちくりさせて言った。

「お目にかかるのは初めてです。しかし、王弟殿下の御子息であれば、お名前も広く知られておりましょう?」

「知らなかったなあ。私って、そんなに有名人だったんですか?」

 エドワードは背もたれを前にして椅子に座る。

「エドワード、お行儀よくしなさい」

 白髪の男は、おだやかなテノールで言った。

「はい、父上」

 エドワードはきちんと座りなおした。

「愚息が騒がせて申し訳ありません、レディ」

 白髪の男はアイリーンに微笑みかける。

「いいえ。とても愉快なお話しぶりのおかげで、道中の疲れもどこかえ消えてしまいました」

 アイリーンは言って、あえて着座したまま頭を下げる。畏まって席を立てば、エドワードの面子をつぶしかねない。

「殿下。ナバ伯爵の娘、アイリーンと申します。急な訪問に関わらず、温かくお迎えいただき、感謝いたします」

「ようこそカノーラへ。本来であれば私自ら門までお迎えに行くところですが、最近、脚を痛めてしまいましてね」

 そう言って、カノーラ伯爵は左の膝を軽くさする。

 アイリーンは、おやと思った。エドワードが着座のままの挨拶を勧めたのは、これを慮ってのことだろうか。

「コンスタンス、お客様方に飲み物を」

 カノーラ伯爵は女中に命じた。

「かしこまりました」

 女中は頭を下げ、盆を持って部屋を出て行った。

 カノーラ伯爵の命令は、言葉通りのものではない。使用人と言うものは大抵が口さがないものだから、会談の内容を言いふらされないよう、体よく追っ払ったのだ。おそらく女中も心得ているだろうから、彼女が飲み物を持って戻って来ることはない。

「大したもてなしはできませんが、どうか我が家と思ってくつろいでください」

 カノーラ伯爵は好々爺然として言う。

 この優しげな態度は、外交のための演技だろうか。もし本心であれば、あの手紙はますます怪しくなってくる。

 さて、どうしたものか。

 アイリーンは笑顔のまま頭をフル回転して、カノーラ伯爵の次の一手に備えた。

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