見つからない端末
広瀬悠真が研修用のノートパソコンを取りに行くと、保管棚に空きがあった。前日に使ったはずの端末が見当たらない。彼は胸が冷たくなるのを感じ、すぐ飯塚へ報告した。端末には訓練用の模擬データしか入っていない予定だが、「予定」と「確認」は別である。持ち出し記録も見つからなかった。
飯塚は慌てて全員を疑うことを避け、最後に使用した時刻と場所を確認した。久世が端末の登録情報を照合し、日下部は情報流出の可能性を判定する手順を確認する。銀利は結果が分かるまで顧客のデータとは無関係だと断言しないよう指示した。ひとつの端末でも管理を誤れば、信頼の問題になる。
良助は研修室の机の位置を見て「昨日、清掃の方が椅子を寄せてました」と思い出した。清掃の人が持ち去ったと疑ったわけではない。机の配置が変わったことを伝えただけだ。広瀬は備品置き場を確かめ、重ねた演習用ケースの下から端末を見つけた。片づけの際に移した社員が、記録を忘れていたらしい。
見つかったからといって作業は終わらなかった。久世は封印された訓練領域と操作記録を確認し、想定外の使用がないことを確かめた。日下部は持ち出し記録の書き方を見直し、棚の区画を分けた。広瀬は最初の報告書に発見場所と経緯を追記した。 紛失を報告するか迷った数分間について、広瀬は飯塚へ正直に話した。叱られるのが怖かったが、隠して探していたら記録の確認が遅れていただろう。
退勤前、広瀬は清掃担当者へ会釈した。誤解が生まれなかったことにほっとしている。見つからない時間は短かったが、これまで棚の管理を人の記憶へ任せすぎていたことが分かった。小さな緊張が、明日の手順を少し変えた。




