認証できない朝
顧客の営業所で、多要素認証の切り替え後に一部の社員が業務システムへ入れなくなった。安全性を上げるための設定だったが、古い端末を使う部署では案内が届いていなかったらしい。支店長は仕事が止まることを心配し、以前の方式へ戻せないかと問い合わせた。
久世匠はまず影響の範囲を整理した。全員が使えないわけではない。対象となる端末と認証方法に共通点がある。野江は試験環境で同じ状況を再現し、戻す以外の選択肢を検討した。銀利はセキュリティを落とす変更を急がず、顧客の担当者と業務継続の方法を相談した。
良助は案内文を眺め、「この文章、アプリが使える人だけに向けて書いてあります」と言った。顧客の端末管理表には、アプリを追加できない機器も含まれている。広瀬がその欄を指すと、野江は代替の認証手段を使う対象と運用条件を確かめ始めた。良助は正解を知っていたのではなく、説明から漏れた人を見つけただけだった。
支店長は午後の業務開始までに復旧の見通しを求めた。顧客側の管理者が承認した範囲で対応を進め、使える端末から順に業務を戻した。残る人には一時的な作業手順が案内された。誰の認証も勝手に迂回させず、確認の記録を残した。 支店長へ渡す資料では、解除した権限の数より、通常業務へ戻れた部署と残る課題を目立たせた。現場が知りたい数字は、必ずしも技術者が好む数字と同じではない。
終了後、久世は現場から届いた感想を読んだ。「安全になるのはいいが、最初に説明してほしかった」。もっともな声だった。良い仕組みでも使う人が入れなければ意味が薄い。次の切り替え前には、技術者だけでなく営業所の担当者にも案内を読んでもらうことになった。




