扉の内側の不安
顧客の管理部門から「内部の操作をどこまで見られるか」と相談が届いた。外部からの攻撃だけでなく、正しい権限を持つ人の誤操作や不正も心配だという。野江蓮は説明の前に、誰の何を確認したいのか聞いた。監視を増やせば安心だと思われがちだが、社員の個人情報を無制限に集めるわけにはいかない。
先方の人事担当者は、過去に共有フォルダの情報が誤って公開されたことを話した。故意だったのか、操作を間違えたのか分からないまま処理が終わったという。銀利は操作履歴の取得範囲を示し、就業規則や利用目的の周知も先方で検討する必要があると説明した。技術だけでは決められない問題だった。
良助が「ログを見た人の記録は残りますか」と尋ねると、日下部はうなずいた。監視する側が自由に覗ける状態では、別の危険が生まれる。閲覧権限と操作の記録も設計しなければならない。野江は資料に管理者監査の項目を加えた。
顧客はすぐに追加契約を結ばず、社内で方針を協議することになった。真壁は機能の紹介を控えめにし、必要な範囲を決めてから見積もると約束した。売上の機会を逃すかもしれない。それでも人を疑うための道具を、急いで売りたくはなかった。 人事担当者は、記録を取ること自体への社員の反応を気にしていた。銀利は収集目的や保存期間を説明するだけでなく、必要に応じて社内の合意形成も行うべきだと話した。
帰り道、野江は駅の改札で社員証と定期券を取り違え、少し苦笑した。小さな間違いは誰にでもある。だからこそ、人を守る手順と、人を締め付ける仕組みを混同してはならない。明日の会議には、技術者だけでなく人事の担当者も招くことになっていた。




