緑だけの報告書
長く取引のある顧客の役員から、「もっと見やすい安全状況の表が欲しい」と要望が届いた。今の報告書は専門用語が多く、取締役会で説明しにくいという。真壁千尋は歓迎した。伝わらない資料を作り続けても価値は薄い。ただ、見やすさのために危険を隠してよいわけではない。
初稿の画面には緑色の印がたくさん並んだ。予定どおり動いている設備、期限内に終えた調査、対応済みの通知。試作品を見た日下部は「赤い項目をどう見せますか」と尋ねた。未解決の課題が小さな注記へ押し込まれていた。会議で明るい色ばかり見れば、役員は問題が無いと思ってしまうだろう。
良助は表示例を見て「緑の数が増えたら、安全も増えたんですか」と聞いた。真壁は答えに詰まった。計測項目が増えただけかもしれない。野江は観測できない範囲を明示する欄を提案し、銀利は役員向け資料にも限界と未決事項を残すよう指示した。
顧客の担当者へ修正版を見せると、最初は少し難しい顔をされた。「もう少し明るい報告にしたかったのですが」。真壁は数字の意味と、減らすべきリスクを分けて説明した。相手はしばらく考え、「これなら質問されても答えられそうです」と言った。 役員向けの資料だからこそ、未解決の件数だけでなく、なぜ未解決なのかを短く示した。誰の判断を待っているか分かれば、数字だけを眺める会議から一歩進める。
翌週の取締役会へ向けて、担当者は資料を社内で整えていった。トラッバの事務所では、報告書の色が少し地味になった。けれど読み手が実際に判断できるなら、そのほうが仕事として正しい。真壁は色を選ぶ時間より、注記の言葉を確かめる時間を長く取った。




