選ばなかった割引
保守サービスの契約更新期限が近づき、取引先は年間一括払いなら割引すると提案した。田倉澄子は金額だけを見れば魅力的だと思った。けれどまとまった支払いは、まだ赤字の会社の口座を大きく減らす。月ごとの請求なら割高でも、給与と仕入れの支払日に余裕を残せる。
銀利は見積もりを三通り並べた。年払い、月払い、必要な機能だけを残す構成。久世は運用上の影響を説明し、野江は削ると困る機能を挙げた。値段を下げるために検知の質を落とすことはできない。真壁は顧客への料金反映が可能になる時期を確認した。
良助は支払日を色分けした表を見て、「同じ合計でも、途中で足りなくなりますね」と言った。田倉は「そう。月末だけ見ても会社は守れないの」と答えた。社長がどれほど技術に詳しくても、毎月の給与が遅れれば社員は暮らせない。彼女の表には、一日ごとの残高見込みが並んでいた。
最終的に銀利は月払いを選んだ。割引は失うが、契約変更の自由度が残る。取引先へ理由を正直に伝えると、担当者は「今後の規模に合わせて考えましょう」と返した。気前のよい話ではなく、継続できる取引が欲しいのは相手も同じだった。 年払いの割引率だけを大きな文字で表示した営業資料を、田倉はそっと裏返した。安い買い物が、資金の少ない会社にとって最善とは限らない。支払いを分散したことで、設備故障に備える現金まで使い切らずに済んだ。
夕方、田倉は社員の給与予定表を確認した。割引額を諦めたことに後悔がないわけではない。それでも月末の支払を心配せずに済むなら、今日の選択には意味がある。窓に映った自分の顔は、数か月前より少しだけ穏やかに見えた。




