返事を待つ人
佐伯美緒は自宅の食卓で、二社の採用案内を並べていた。大きな企業から届いた内定通知には、勤務条件が整然と記されている。一方、トラッバセキュリティは正式な採用判断をまだ出していない。事情は説明されていたが、生活費のことを考えれば、いつまでも待つわけにはいかなかった。
トラッバの田倉から電話が来たのは、その日の夕方だった。「予定より選考が遅れています。いつまで待てますか」。佐伯は少し驚いた。会社側から期限を尋ねられるとは思わなかったからだ。彼女はもう一社への返事が必要な日を伝えた。田倉はその日より前に会社としての判断を返すと約束した。
事務所では採用の可否を巡って意見が分かれていた。飯塚は人が増えれば当番に余裕が出ると言い、田倉は教育費と固定費を心配した。銀利は二人を急がせず、最初の三か月に誰が何を教えるか具体的な計画を求めた。良助は資料の番号を揃える作業だけを任され、議論の中心には入らなかった。
「採るのが優しさとは限らないですね」。田倉がぽつりと言うと、銀利はうなずいた。育てられない状況で迎えれば、佐伯も既存の社員も傷つく。けれど今の負担を放置してよいわけでもない。採用する場合と見送る場合、それぞれの仕事の組み方を翌週までに作ることにした。 佐伯の机には、前職から持ち帰った小さなメモ帳があった。そこには面接先へ尋ねたい条件がいくつも並ぶ。待つ間に質問が増えたことを、彼女は悪いことだとは思わなかった。
佐伯は電話を切ったあと、母から届いた夕飯の誘いに返事をした。選考を待つ間も自分の生活は続いている。会社の都合だけで人生を預けたくはないし、会社の事情も無視したくない。彼女はカレンダーに期限を書き、別の会社への質問状も用意した。




