運動会の午前
久世匠は土曜日の朝、娘の小学校の校庭で場所取りの列に並んでいた。以前は休日でも機器の故障があればすぐ会社へ戻った。今日は設備の定期作業を別の日に移し、緊急時の連絡手順だけ確かめてきた。それでも携帯がポケットで重く感じる。長い習慣は、予定表を直しただけでは消えない。
綱引きが始まる前、同僚の野江から短い連絡が来た。保守中の装置について確認事項があるが、急ぎではない。久世は一度電話を掛けようとして、手を止めた。連絡には担当者と確認期限が書かれている。代わりに対応できる人もいる。彼は「月曜に確認します」とだけ返した。
娘が走る姿を見ていると、隣の保護者に「お仕事、大丈夫なんですか」と聞かれた。以前、競技の途中で抜けたことを覚えていたらしい。久世は笑って「今はみんなで分けられるようにしてるんです」と答えた。大きな改革を語るには照れくさい。実際には何枚もの手順書と、何度もの確認があっただけだ。
会社では飯塚が土曜の当番を引き受けていた。古い警報装置が一度だけ不安定な通知を出し、小田切と確認して正常に戻った。週明けに久世へ記録を渡せばよい。飯塚は連絡先一覧を閉じ、作業の終わった時刻を入力した。休日に誰かを休ませるには、休まない人にも無理がないことが必要だった。 校庭の放送が少し聞き取りにくく、久世は隣にいる父親へ次の競技を尋ねた。仕事なら知らないままにしなかっただろうが、今日はそれも気楽だった。
午後、久世の娘はリレーで二番になり、少し悔しそうにしていた。彼は順位の話をするより先に、最後まで走った姿を褒めた。携帯は一度も鳴らなかった。帰宅してから撮った写真を見返し、今度は運動会の最初から最後まで見られたことに気づいた。




