質問票の裏側
小さな採用説明会には、四人が訪れた。学生が二人、転職を考えている技術者が一人、それから先月面接した女性、佐伯美緒だった。田倉澄子は入口で名簿を確かめ、名前を読み上げる時に前職のことを口にしないよう気をつけた。皆それぞれの事情で来ている。選考の場にしたくないという銀利の意向もあった。
説明役の飯塚は、夜間の通知対応を図にして示した。学生から「一人で全部判断するんですか」と質問が出る。「いいえ。判断に迷ったら必ず相談する仕組みです」。その答えに佐伯が静かにうなずいた。自分が面接で話したことが、会社では実際の手順になっているらしい。
良助は資料の予備を配りながら、質問票の裏面に小さな文字を見つけた。「休みの時も連絡に出ないといけませんか」。書いた人は名前を残していない。真壁はその質問を全員に紹介し、銀利へ答えを求めた。銀利は当番の条件と休息時間の考え方を説明し、「守れない部分があれば制度を直します」と言った。完璧だと言わない答えが、かえって落ち着いて聞こえた。
終了後、学生の一人は迷いなく別の会社を見に行くと言った。夜勤のある業務は自分には合わないという。田倉は笑顔で見送り、悪い結果とは思わなかった。入社後に困ることを、入る前に知れたのなら説明会には意味がある。 田倉は名前のない質問票も保存し、回答と組にして次の募集で使えるよう整理した。
佐伯は帰り際、良助に「前に傘を渡してくれた方ですよね」と声をかけた。彼は少し考えてから思い出し、「今日は雨じゃなくてよかったです」と答えた。田倉は二人の会話を聞きながら、次の採用面談の予定を手帳へ記した。決定を急がず、縁も切らない。




