教える人の迷い
次の採用を考えるため、広瀬悠真は良助へ簡単な監視演習を教えることになった。実データを使わない隔離された訓練環境で、複数の通知から調査が必要なものを選ぶ。広瀬は前夜に解説を書き、講師らしい言い方まで練習していた。自分もまだ分からないことがあるのに、人へ教えるのは妙に緊張する。
最初の問題で良助は、広瀬の想定と違う順番で通知を並べた。「この二つ、同じ機器ですか」。確かめると演習用データの名称が揃っていなかった。広瀬は慌てて説明し直したが、良助は責める様子もなく、指示どおりに作業を続けた。教える側が先に正確でいなければならないという思い込みが、広瀬の肩を固くしていた。
午後、飯塚が進み具合を尋ねると、広瀬は正直に問題の不備を話した。飯塚は「間違いを直すところも見せたなら、悪い授業じゃない」と言った。ただし、そのまま本番に流用しては困る。演習の不備を記録し、修正版を作るよう指示した。
良助は帰り際、「分からなかったところ、次も聞いていいですか」と尋ねた。広瀬は嬉しくなって、つい何でも答えると言いかけた。「俺が分からなかったら、野江さんにも聞くよ」。言い直すと、青年は安心したように笑った。分からないことを隠さない人のほうが、教わる側にも親切なのかもしれない。 広瀬は課題に付けた難易度の印も直した。早く答えた人が優秀とは限らないが、何に時間が掛かったかは教え方を改める材料になる。
机の引き出しには、広瀬が新人だった頃のノートが入っている。赤い印だらけのページを見返し、彼は今日の失敗を一枚書き加えた。教える時間は、教える人自身の仕事も育てていた。




