鍵を預かる責任
契約の更新が済んだ週、日下部は顧客ごとの閲覧権限を棚卸しすることにした。監視システムには、何年も前に担当から外れた人のアカウントが残っている場合がある。使われていないことと、使えないことは別だ。棚卸しには顧客の承認が必要で、担当者の記憶だけでは進められなかった。
作業の途中、良助が「担当の名前が違います」と一覧の一行を指した。システムの登録は旧姓のまま、契約側の一覧は新姓になっていた。別人と扱えば解除を提案してしまう。日下部は人事情報を勝手に尋ねず、先方の管理窓口へ本人確認の方法を相談した。個人の事情は、権限を確かめるための必要最小限にとどめる。
野江は技術面の変更手順を準備した。解除する前に、実際の業務で使っていないか確認する。ひとつの鍵を閉じたことで夜間の対応が止まれば、守るはずの顧客を困らせる。銀利は「解除件数を目標にしない」と決め、根拠が揃ったものから順番に処理させた。
広瀬は古い権限を消せば安全が増すと単純に考えていた。「残す判断もあるんですね」と言うと、日下部は「残すなら、誰が必要だと判断したか残すんです」と返した。判断した人の名と次回確認日がつけば、曖昧だった例外は管理できる。 午後には、旧姓と新姓が同一人物を指すと管理窓口から確認が取れた。日下部は必要な証跡だけを保存し、私的な事情を書き写さなかった。
帰り際、良助は鍵の束を持って会議室へ向かう管理人に道を譲った。事務所の扉を閉める現物の鍵には、一目で使い道が分かる札が付いている。画面の向こうの権限にも、同じくらい確かな持ち主が必要なのだと日下部は思った。月末の点検表には、まだ空欄が残っていた。




