まだ赤字の会社
翌朝、銀利樹一のもとへ契約更新の回答が届いた。大口顧客は継続を希望し、監視範囲と報告形式を見直す条件で、費用の一部引き上げを受け入れるという。最終の契約書には法務確認が必要だが、交渉は一歩進んだ。銀利は真壁へ礼を言い、同時に飯塚へ運用条件の最終確認を依頼した。
報告を聞いた田倉は、試算表の数字を更新した。赤字はまだ残る。来月の仕入れ値上昇も控えている。社員を増やす話は慎重に進めなければならない。それでも、働けば働くほど損失が増える仕事を減らす道筋が見えてきた。彼女は空欄に新しい見通しを書いた。確定と見込みを色で分ける。
昼の休憩中、広瀬は良助と並んで弁当を食べた。「会社、少し良くなってるのかな」「たぶん。僕にはまだ全部分からないです」。良助は正直に答えた。誰かの功績をまとめて自分のものにしない。社長が契約を交渉し、現場が手順を作り、経理が数字を守ったことを知っているからだ。
夕方、銀利は全員へ短い報告をした。「まだ立て直しの途中だ。けれど続けられる方法が、少しずつ増えている」。野江は当番表を確認し、小田切は翌日の担当を引き受けた。久世は設備の点検結果を残し、尾高は顧客への案内を整える。十人だった会社へ十一人目が入ってから、誰か一人だけが働き方を変えたわけではなかった。
終業前、田倉は壁際の折り畳み椅子を見た。脚に挟んだ厚紙はまだ残っているが、ぐらつきはなくなっていた。良助は机上の紙を揃え、「お先に失礼します」と頭を下げて帰っていった。銀利はその背中を見送ると、明日の顧客会議の資料を閉じた。トラッバセキュリティは今日も赤字だった。それでも明日へ続く会社になろうとしていた。




