返事のない午後
真壁千尋が待つ更新契約の返事は、約束の時刻を過ぎても届かなかった。顧客にも事情がある。そう分かっていても、会社の資金繰りを思うと落ち着かない。田倉から催促されたわけではない。銀利も静かに通常業務を進めている。ただ、皆が同じ返事を待っていた。
午後三時、真壁は先方へ電話した。相手の担当者は会議が長引いていると謝り、翌日の午前中に連絡すると約束した。真壁は状況を記録し、田倉へ伝えた。見込みは見込みのまま。銀利は資金計画に楽観的な数字を入れないよう指示した。期待と実績を分けて扱うことを、最近の会社は少しずつ覚えていた。
良助は資料を閉じながら「返事が来ない時も、作業はあるんですね」と言った。真壁は「待つことも仕事だけど、待つだけじゃ仕事にならないから」と笑った。青年は明日の発送準備を終え、日下部へ渡す資料の確認を始めた。いつもと同じ勤勉な動きが、少し眩しく見えた。
夕方、先方から短いメールが届いた。「協議は前向きに進んでいます」。結論ではない。真壁はそのまま銀利へ転送し、安易な祝いの言葉を口にしなかった。社長は「明日、正式な条件を聞こう」と返した。 翌日の返答を待つ間、田倉は最悪の場合の支払予定も更新した。契約が決まれば安心だが、決まらなくても社員の暮らしは続く。真壁はそれを知っているから、期待を数字に変える前に必ず確認を求めた。
事務所の外はゆっくり暗くなった。野江が監視画面を確認し、久世が設備の記録を閉じる。会社の行方に関わる返事は、別の建物の会議室でまだ動いている。トラッバの十一本の椅子では、明日のための普通の仕事が続いた。




