赤い数字の変化
田倉澄子は月末の試算表を開き、思わず画面へ顔を近づけた。赤字は続いている。しかし予想していた損失より少し小さい。原因は一つではなかった。不要な報告作業が減り、設備費用の見直しが一部反映され、外注費にも小さな改善が出ていた。大口契約の値上げはまだ決まっていない。
彼女は数字を印刷し、銀利へ説明した。「黒字にはなっていません。しかも来月は仕入れ値が上がります」。社長はうなずき、改善が一時的なものかを確認した。二人は同じ表を見ながら、喜ぶ前に条件を洗い出した。数字を喜べないのではない。喜び方を間違えたくなかった。
午後の会議では、各担当へ結果を伝えた。野江は夜間の負担が少し減ったと話し、尾高は顧客への説明が前よりスムーズになったと言った。真壁は新規案件がまだ見込み段階だと念を押す。銀利は「今月できたことを、来月も続けられる形にしよう」と言った。大きな拍手はなかったが、皆の表情がやや明るくなった。
良助は資料を片づけながら、田倉に「赤い数字、少し短くなりましたね」と話した。田倉は笑い、「まだ赤いままよ」と返した。「はい。でも短いです」。青年にとっては、見たままのことだった。田倉はその単純な言葉を、なぜか嬉しく思った。 田倉は説明用のグラフを作り直した。目盛りを大きくすれば変化が派手に見える。彼女はその誘惑を避け、前月と同じ縮尺を使った。
夕方、彼女は新しい試算表を棚へ収めた。翌月の数字は保証されない。支払いも交渉も続く。それでも改善の根拠を説明できることは、月末の恐怖を少しだけ変えていた。帰り際、田倉は花屋で買った苗に水をやり、窓を閉めた。




