祖母の薬箱
良助は平日の午後、病院へ付き添うため半日休暇を取った。祖母の通院日だった。職場では田倉が手続きを確認し、引き継ぎが必要な書類を午前中に済ませるよう伝えた。特別扱いでも遠慮でもない。休むために必要な仕事を整える。それだけのことだった。
病院の待合室で、祖母は「会社はどうだい」と尋ねた。良助は「覚えることが多いけど、皆さん親切だよ」と答えた。祖母は目を細め、薬箱に貼られた曜日の印を触った。介護が必要だった一年の間、良助は薬の管理も通院の順番も間違えないよう暮らしていた。いまは家族と支援を分担できるようになったが、小さな習慣は残っている。
診察が終わると、良助は薬局で処方内容を確認した。変更された薬の飲み方を紙に書き、祖母にも分かる場所へ貼る。「そんなに書かなくても覚えてるよ」と祖母は笑う。「僕が忘れるかもしれないから」。良助は冗談めかして答えた。
一方、事務所では広瀬が良助の担当していた資料整理を引き継いでいた。手順は残っており、困った箇所は田倉へ尋ねればよい。銀利は特別な連絡を入れなかった。本人が休んでいる間に仕事が止まらないのは、会社として当たり前の姿だからだ。 祖母は会計の順番が来るまで、待合室の窓から街路樹を眺めていた。良助は急かさず、呼び出しの表示だけを静かに確認していた。
夕方、良助は祖母と買い物をして帰った。事務所の通知は見ない。明日になれば、今日の仕事は記録で追える。祖母は食卓で煮物を一口食べ、「薄味になったね」と言った。良助は「前からこのくらいだよ」と返し、二人で笑った。家にも会社にも、急がず続けたい時間があった。




