月末までの距離
田倉澄子は通帳の数字を何度も見返していた。入金予定日の一日前に給料日が来る月は、特に胃が重くなる。会社は支払うべきものを後回しにはしていない。銀利は役員報酬を削り、必要な機材は自分の貯金で一時的に立て替えてきた。だからこそ田倉には、これ以上彼の財布へ手を伸ばさせたくなかった。
良助が提出した勤怠書類は、空欄も消し跡もなかった。田倉は思わず「几帳面ね」と言った。「介護の書類で抜けると困ったので」。青年は軽く答えた。田倉はそれ以上聞かない。誰にも、会社に持ち込まずに済ませたい生活がある。
午後、経費精算の表を見ていた良助が、同じ項目に似た名称が並んでいると教えた。「使用料と保管料、別ですか」「別。請求書が一枚だから紛らわしいけどね」。田倉は仕訳の理由を説明した。良助は納得し、それ以上触れなかった。数字が読めることと、会社のお金を扱う権限があることは違う。その境目を、彼は自然に守った。
夕方、銀行から確認の電話が来た。田倉は社長へ取り次ぎ、戻ってきた時には首の凝りが少し悪化していた。良助が席を外している間に、請求書の保管棚へ付いた新しい見出しが目に入る。「今月」「翌月」「確認待ち」。誰でも分かる分類だが、田倉一人が覚えていた順番と同じだった。 確認待ちの書類には、付箋の裏へ電話の時刻も書かれていた。誰かが不在でも話の続きが分かるように、田倉は自分の記録を少しずつ開いていた。
退勤前、銀利が「来月もよろしく頼む」と言いに来た。田倉はいつもなら笑って返すところを、今日は「先に来月の支払い方を考えましょう」と答えた。社長は少し意外そうにしてから、椅子を引いた。二人が数字を見る時間を取れたこと自体、何かの変化だった。




