残してはいけない記録
久世匠は保管領域の整理中、不要になった試験データがまだ残っていることに気づいた。個人情報を含まない仮データとはいえ、使用期限を過ぎたものを放置してよい理由はない。削除するための記録を作り、日下部へ確認を求めた。日下部は手順書を照合して承認した。
その時、良助が「残しておいたほうが、あとで試せませんか」と尋ねた。久世は立ち止まり、便利さと管理の違いを説明した。必要なら正式な手続きを経て新しい試験データを作ればよい。いつでも使えるから残しておくという考えが、かえって事故の原因になる。青年は少し恥ずかしそうにうなずいた。
銀利は夕方の打ち合わせで、必要な記録を残す仕事と不要な記録を捨てる仕事を、同じ管理の一部として位置づけた。保存義務のある証跡は守り、保管期限を過ぎた情報は適切に処分する。全てを集め続ければ安全になるわけではない。会社の規模が小さい今こそ、決めておく必要があった。
久世は削除のログを残し、試験環境を確認した。容量の数字が少し下がっただけで、大きな節約にはならない。それでも運用上の負債が一つ減った。日下部は記録へ確認印を付け、次回の点検日を記入した。 久世は作業台に残った空の封筒を片づけた。期限のあるものを片づけるたび、保管するべきものの所在も明確になっていく。
退勤前、良助は試験データの扱いについて質問をもう一つした。「残さないって決めた理由は、残すんですね」。久世は「それは残さないと困る」と笑った。形のない仕事にも、守るべき境界がある。青年はその日のノートへ、小さく線を引いて書き留めた。




