応募者の靴
面接に来た若い女性は、玄関で靴の泥を気にしていた。雨上がりの道を急いだらしい。田倉澄子がタオルを渡すと、彼女は何度も礼を言った。トラッバセキュリティでは欠員補充でなく、将来の運用体制を見据えた採用を検討し始めていた。今すぐ人を増やせば固定費は上がる。だから銀利は募集要件の確認だけでも慎重だった。
応募者は監視業務の経験が浅かった。しかし、前職では引き継ぎ資料の整理を任されていたという。銀利は技術用語を答えさせるだけでなく、不確かな通知に出会った時の行動を尋ねた。彼女は「一人で決めずに、確認できる人へ渡します」と答えた。派手ではないが、現場を知る人間には大切な姿勢だった。
良助は面接室の準備を担当しただけで、選考には参加しなかった。候補者が帰る時、忘れた傘を渡して会釈する。応募者は「皆さん忙しそうですね」と小さく言った。「忙しいです。でも教えてもらえます」。青年の返事を聞き、彼女は少しだけ表情を緩めた。
面接後、銀利は採用担当の田倉と話し合った。経験者を高い給与で迎える案と、育成を前提に採る案では、必要な支援が違う。採用したくても今月は決められない可能性がある。それでも無理な約束はせず、選考日程と回答期限を候補者へ伝えることにした。 田倉は面接室の水差しを洗い、新しい紙コップを並べた。採るかどうか決まっていなくても、訪ねてきた人を丁寧に迎えることはできる。
夕方、田倉は新しい採用表を作った。履歴書の空白だけでは人を決めない。良助を面接した時、銀利がそう言ったことを思い出す。机の上の応募書類には、まだ知らない誰かの生活がある。書類の角が折れないよう、彼女は封筒へ静かに戻した。




