初めての紹介
真壁千尋のもとへ、既存顧客から一通の紹介メールが届いた。知り合いの会社が監視体制を見直しており、トラッバの話を聞きたいという。真壁は画面を見つめ、すぐに銀利へ報告した。新しい契約の可能性は嬉しい。しかし今の運用を考えると、ただ仕事が増えるだけでは危うい。
先方は従業員三百人ほどの部品メーカーだった。情報担当が少なく、外部の支援を必要としている。真壁は訪問の前に、社内で対応可能な監視範囲を確認した。飯塚は「今すぐ二十四時間の有人対応は増やせない」と明言し、野江は必要な設定の工数を見積もった。営業にとって聞きたくない答えも、今回は大切な材料だった。
良助は会社案内の部数を数え、説明用の機材を準備した。配布資料を見て「できないことも書くんですか」と聞くと、真壁は「できることの条件として書くよ」と答えた。青年はうなずき、案内の裏面まで丁寧に揃える。契約の難しさをまだ知らない彼にも、曖昧な約束を避ける意味は少し伝わっている。
訪問当日、先方は脅威の説明よりも、事故が起きた時に誰が電話へ出るのか知りたがった。真壁は連絡経路と営業時間、緊急時の扱いを示した。派手な言葉は使わない。相手は何度も質問し、そのたびにメモを取った。最後に「社内で検討します」と言った。 訪問先の受付には古いウイルス対策のポスターが貼られていた。先方も限られた人員で、過去の対策を引き継ぎながら仕事をしているのだろう。
帰社した真壁は、まだ契約見込みを売上へ入れなかった。銀利も急がせない。顧客の困りごとを引き受けられるか、まず判断する。紹介されたという信用を、焦りで使い切りたくなかった。夕方の事務所には、いつもの通知音が控えめに響いていた。




