社長の選択
銀利樹一は仕入れ先との電話を切り、しばらく窓の外を見ていた。クラウド料金の値上げについて、長期契約に切り替えれば一定の割引を受けられるという。魅力的な条件だが、顧客の利用量が減った場合にも支払いは続く。目先の資金だけを見れば飛びつきたくなる提案だった。
田倉は「今のままだと来月も厳しい」と説明した。銀利はうなずくが、決めない。「割引額だけでなく、解約時の負担と将来の自由度を比べよう」。彼は久世に需要予測の技術面を、真壁に契約更新の見通しを、田倉に資金計画をそれぞれ依頼した。全員の仕事を一人で奪わず、判断に必要な材料を集める。
午後、三人の資料が揃った。どれも不確かな部分を含んでいる。銀利は最も楽観的な数字を採用せず、保守的な条件でも耐えられる範囲だけ契約する方針を決めた。仕入れ先の担当者は割引率が下がると説明したが、社長は譲らなかった。顧客を守る設備を、資金繰りの賭けにしてはいけない。
良助は電話のあと「安くなるのに、全部は買わないんですね」と尋ねた。銀利は「安い買い物と、払える買い物は違う」と答えた。青年はすぐ納得し、見積書を定められた場所へ戻した。難しい条件を読み切った社長が、何を大切にする人なのかを少しずつ覚えているようだった。 交渉相手へ返事をする期限も決めた。優れた判断でも、相手を際限なく待たせれば信用を損なう。銀利は自分でその日付を予定表へ入れた。
夕方、銀利は短い契約書へ署名した。最適解かどうかは、後にならなければ分からない。それでも会社が何に賭けず、何を守るかは自分で決められる。窓の外の空は晴れていた。事務所では久世が、次月の利用量を測る仕組みを調整している。




