担当の境界線
久世匠は設備の相談が来るたび、つい最後まで引き受けてしまう。修理も設定も顧客への説明も、誰かに渡す時間が惜しい。そんな彼へ、尾高千佳が「この連絡は私にください」と言った。顧客へ工事の日時を伝えるだけなら、自分の仕事の範囲だという。
久世は最初、戸惑った。「技術の説明が必要になるかもしれない」「その時は呼びます」。尾高の答えは簡潔だった。彼女は顧客の不安を聞くことに慣れている。久世は自分がすべきことと、頼ってよいことの区別を紙に書いてみた。思ったより欄が多く、少し恥ずかしくなった。
良助は二人の打ち合わせに同席し、確認する順番をメモした。「お客様が知りたいのは、直す方法より先に、いつ使えるかなんですね」。尾高はうなずく。ただし、復旧時刻を根拠なく約束するのは危険だと教えた。久世が示せる技術的な見通しと、尾高が伝える説明は互いに必要だった。
午後、実際に顧客から連絡が入った。久世は作業を止めず、尾高が状況を聞き取って返答期限を伝える。久世は確認のため一度だけ会話へ加わった。電話が終わると二人は顔を見合わせた。予定より手間はかかったが、情報の行き違いはなかった。 尾高は説明用の文面をあらかじめ用意し、久世へ確認してもらった。技術上の未確定事項は、未確定と書く。分担しても内容の正確さは譲れない。
終業前、銀利は役割分担の表を見て「問題が起きた時、誰が責任を持つかも書こう」と言った。手を分けることは責任を捨てることではない。久世は自分の名前が残る欄を確認し、安心した。全ての電話を自分で取らなくても、仕事から逃げていることにはならなかった。




