振込の一桁
田倉澄子が外注先への振込データを点検していると、日下部透が「口座番号の確認記録、残ってますか」と尋ねた。先方が請求書の書式を変えたため、支払先の表示が以前と違っていた。田倉は既存の登録と照合し、一桁の数字に入力誤りがあると気づいた。まだ送信前だ。実害はない。
確認したのは日下部だった。良助はその時間、広瀬と研修室にいた。社内で起きる良い判断は、新人がいない場所でも積み重なっていく。田倉は修正した振込データをもう一度確認し、先方へ正式な口座確認を依頼した。慌てて電話で聞いた番号を打ち直すことはしなかった。
昼、銀利へ経緯を報告すると、社長は支払先変更時の二重確認を標準化するよう求めた。田倉は「人を増やさずにできる方法で」と先に言った。銀利はうなずき、当面は自分が最終承認を担うことにした。ただし将来の権限分離を前提として、判断手順は文書化する。
良助が午後に戻ると、田倉は新しい確認欄を説明した。「この仕事は私がします。あなたは請求書を並べてくれればいい」。青年は「分かりました」と答え、資料の名前だけを確認した。会社のお金を扱う仕事を、何でも任せればよいわけではない。役割をはっきりさせるほうが、皆が安心して働ける。 田倉は送信の控えを保存し、確認者の名前を記した。間違いが起きなかった日にも、その理由が残るようになった。
夕方、日下部は田倉から礼を言われ、「気になっただけです」と照れた。田倉はその「気になった」が会社を守ったのだと知っている。帰り支度をしながら、彼女は確認印の位置を一つ変えた。小さな数字を見逃さない目は、社内に何人もあった。




