見知らぬ送信先
午前二時十七分、製造業の顧客環境で不審な通信が検知された。送信先の情報が普段の業務と一致せず、同じ端末から短時間に何度も接続が試みられている。夜間当番の小田切まりは手順に従って関連記録を確認し、重大度を上げた。数日前に整えた引き継ぎ様式が、いま初めて本当の緊急時に使われる。
小田切は飯塚へ連絡し、顧客の緊急窓口へ状況を伝えた。相手の担当者は深夜の呼び出しに戸惑いながらも、指定された端末をネットワークから隔離した。原因はまだ分からない。検知したことと侵害が確定したことを混同せず、銀利が整えた契約手順どおりに進めた。
夜が明け、野江と久世が調査へ加わった。良助は出社すると通常の書類整理に戻り、会議室から聞こえる専門用語に時折顔を上げた。飯塚は彼に実データを触らせなかった。研修中の新人に権限を越えさせれば、調査の信用まで損なう。青年もその判断を当然のものとして受け入れた。
調査の途中、通信は社員が開いた不審な添付ファイルを起点としている可能性が高まった。ただし被害の範囲は未確定で、顧客側の確認が必要だった。銀利は電話会議で、今分かることと分からないことをはっきり分けた。顧客の担当者は不安を隠さなかったが、少なくとも何をすればよいか理解できた。 先方から共有された時刻に食い違いが見つかり、日下部は報告前に確認を求めた。急ぐほど、数字の一つを曖昧なまま流してはいけない。
昼、田倉は全員分の飲み物を机へ置いた。見積書も決算も一時停止しない。通常業務と緊急対応が並ぶ事務所で、日下部は記録の保全状況を確認している。窓の外では通勤電車がいつもどおり走っていた。守るべきものが、急に近く見えた朝だった。




