取引先の廊下
日下部透が顧客の本社を訪れるのは、半年ぶりだった。監査に必要な証跡の扱いを確認するため、先方の担当者と紙の資料を突き合わせる。建物は新しくなっていたが、会議室へ続く廊下には前と同じ地図が掛かっていた。企業が変わる速さは、部署によって違う。
監査担当は、昨年の指摘事項が改善されているかを丁寧に確かめた。日下部は記録と作業履歴を示し、まだ対応中の箇所については完了予定を説明した。必要以上の保証はしない。銀利が最初から徹底してきた姿勢だった。先方は誠実な回答を評価し、来月の再確認を約束した。
帰社すると、良助が資料庫の机で古い議事録を並べていた。「監査って、間違いがないか調べるんですか」と尋ねられた日下部は、「それもある。でも説明できるかを見る仕事でもある」と答えた。青年は少し考え「じゃあ、うまくいった時の理由も必要ですね」と言った。日下部は思わず笑った。確かに成功の理由ほど記録に残りにくい。
夕方、顧客から追加の資料依頼が来た。急ぎではなく、次回訪問までに提出すればよい。日下部は期限を記録し、久世と作業を分けた。依頼を自分だけの宿題にしない。会議室の窓に夕日が映り、誰もいない廊下が赤く染まっていく。 事務所では銀利が新しい監査日程を確認していた。現場が外で説明できるだけの記録を残すためには、社内での地味な整理が欠かせない。
事務所へ戻る道で、日下部は監査担当の言葉を思い出した。「去年より説明が分かりやすくなりました」。大きな契約が取れたわけではない。それでも半年前から続けた記録の整備が、相手に届いたのだと知る。翌日の予定表に、改善報告を一つ記入した。




