止める仕事
社内の開発用ボードには、新しい便利機能の案が七つ並んでいた。顧客向けの管理画面、レポートの自動整形、問い合わせ履歴の検索。どれも作れば役に立つ。だが久世匠の手は二本しかなく、運用を維持する仕事も終わっていない。銀利はボードの前で長く考え、三つの開発を一時停止すると決めた。
最初に反対したのは真壁だった。顧客へ見せた試作画面があり、営業の話も進んでいる。「止めるなら説明をください」と彼女は言った。銀利は一つずつ理由を示し、代替できる手作業と、延期による影響を整理した。機能を捨てるのではない。順番を変えるのだと説明する。
良助は会議室の端でボードを書き換えていた。消された付箋を捨てず、日付と理由を記して箱に入れる。銀利はその手元を見て「止めた理由が消えると、また始める判断も鈍るな」と言った。青年は「あとで困りそうだったので」と答えた。誰も、こんな当たり前の記録を残していなかった。
久世は空いた時間で、夜間に故障しがちな監視設備の予防点検を進めることにした。客先へ見せる華やかさはない。しかし壊れてから呼び出される仕事が減れば、顧客の安心にも社員の睡眠にもつながる。銀利は点検結果を営業にも共有するよう指示した。 空いた開発予定の枠は、すぐ別の新機能で埋めなかった。久世は白い余白を眺め、ようやく設備の保守を予定表の中央へ書けた。
夕方、真壁は延期を伝えるメールを書いた。申し訳ないと思いながらも、提供時期を曖昧に約束するより誠実だと分かる。相手からの返信には「確認しました。運用が安定しているほうが大切です」とあった。止める仕事を選ぶことも、会社の成長に必要なのかもしれなかった。




