値上げの席
銀利樹一は大口顧客の会議室で、何度も磨かれた長机の向かいに座っていた。契約更新の時期が迫っている。相手の情報システム部門は、安定した監視を続けてほしいと願っている。しかし経営部門は費用を抑えたい。銀利は二者の事情を理解した上で、監視品質を落とさずに継続できる金額を示した。
先方の管理部長は「これまでできたことが、なぜ今年は同じ値段でできないのか」と問うた。銀利は感情的にならず、収集量の増加と保管費用、無償で増えた報告作業を事実として並べた。表には推定値と実測値を分けてある。分からない箇所を誤魔化さず、それでも採算が合わないことを説明できた。
帰社すると真壁が待っていた。「厳しかったですか」「厳しかった。でも話は通じた」。銀利は先方から出た条件を伝えた。値上げを受け入れる代わり、報告形式の見直しと緊急連絡の定義を明確にしてほしいという。社長はその要求が合理的だと分かっていた。すぐに承諾する前に、現場の意見を聞く。
良助は資料を複写しながら「値段の話なのに、仕事の内容も変わるんですね」と言った。真壁は「値段だけ変えられるほうが珍しいよ」と答える。青年は熱心にメモを取る。銀利はその姿を見て、研修で扱うべき項目に契約実務を加えることにした。 銀利は交渉で使った計算の根拠を社内へ渡した。営業だけが知る数字にしなければ、次に同じ話をする人も正確に説明できる。
夜、社長は先方へ議事録を送った。値上げの可否はまだ決まらない。それでも争点が分かれ、関係は壊れていない。長く顧客と仕事を続けるには、安いときだけ頼られる会社ではいけない。銀利は返信期限を確認してから、ようやく上着を脱いだ。




