誕生日の予定
尾高千佳はスマートフォンの画面を見て、娘の誕生日が翌週だと気づいた。忘れていたわけではない。カレンダーへ何度も書き、夕方には帰ると約束していた。しかし顧客との定例会が夕方に移され、空けておいた時間に入り込んだ。尾高は先方の都合を理解していたから、断る言葉を探せずにいた。
昼休み、良助が給湯室でお弁当を温めていた。「予定、重なっちゃったんです」と尾高がこぼすと、青年は「変えられないほうは、どっちですか」と聞いた。簡単すぎる問いに、尾高は返事を止めた。娘の誕生日は変えられない。会議は、事情を説明すれば時間をずらせるかもしれない。
尾高は顧客へ連絡した。家族の事情で参加が難しいことを伝え、翌朝の候補を出す。相手は少し驚いたが「私もその時間のほうが助かります」と答えた。事前に移動した予定を調整する余地が、双方にあったらしい。申し訳なさは消えない。それでも誰かを困らせずに変更できた。
夕方、銀利が定例会の日程変更を知り、「事前に調整できたなら問題ない」と言った。昔なら何があっても自分が代わりに出たかもしれない。社長自身が全てを肩代わりしなくなったことを、尾高は少し嬉しく感じた。 良助は夕方の事務所で、尾高がいつもより軽い足取りで帰るのを見た。事情を知らなくても、良い予定が待っていることくらいは分かった。
誕生日の夜、尾高は約束どおり帰宅した。娘は小さなケーキの箱を抱えて待っていた。仕事の数字は明日も厳しい。けれど今日の一時間を守れたことには意味がある。翌朝、彼女は休暇と顧客対応の予定を重ねて見られるよう、共有カレンダーの色を一つ追加した。




