引き継ぎの声
夜間当番の引き継ぎは、長い間口頭に頼っていた。野江は小田切に説明し、小田切は飯塚へ電話する。記録は残しているが、眠い朝には伝え忘れもある。ある日の午前六時、判断保留にしていた端末の状態が、次の担当へ伝わっていなかったことが分かった。顧客への影響はなかったが、確認が二十分遅れた。
飯塚は当番の二人を責めなかった。引き継ぎ項目を全部増やせば、今度は書類を書くために帰れなくなる。何を残すかが問題だった。良助は訓練記録を整理しながら「『終わったこと』より『次の人がまだしなくてはいけないこと』が分かるといいんでしょうか」と言った。
小田切が「それだけだと経緯が抜ける」と訂正する。青年はうなずき、日下部と相談して二つの欄を作った。一つは確認済みの事実、もう一つは次に判断すること。経緯は関連記録への参照で追えるようにする。短くした分だけ読む人が増えるかもしれない、と飯塚は考えた。
新様式の初日は、予想外に時間がかかった。野江が細かく書き過ぎたため、読み手の小田切が要点を探すのに苦労したのだ。二人は笑いながら記載例を直した。完璧な形式が先にあるのではない。使う人が互いに調整していく。 当番室の机には、前任者が残した飴玉が一つあった。小田切はそれを引き出しへ入れ、代わりに記録の不足欄を指で確かめた。
翌朝の引き継ぎは五分短く終わった。しかし日が浅く、効果が続くかはまだ分からない。飯塚は次週の当番表に様式の再確認を入れた。夜明けの事務所で小田切が窓を少し開ける。新しい紙の匂いと、早朝の冷たい空気が一緒に入ってきた。




