試験環境の青い線
久世匠が組んだ試験環境には、顧客の個人情報が入っていない。検知ルールを変える前に、架空の通信記録で誤検知が増えないか確かめるための場所だ。野江は勉強会で知った手法をここで試すことになり、珍しく朝から少し浮き立っていた。新しいものを触れる時間は、現場にとって貴重だった。
良助は試験用のデータを並べる手伝いを任された。元の記録をそのまま写さず、特徴だけを残した架空の例を作る。説明を聞いた青年は「似ているけれど別のものにするんですね」と確かめ、日下部へ検証の書式を質問した。野江は彼の作業が速いことより、曖昧な部分を放置しないことに目を留めた。
試験の結果は期待ほど良くなかった。不要な通知は減ったが、見逃してはいけない兆候も一つ見えにくくなった。野江は腕を組み、久世は原因を探した。銀利は結果を確認して「採用は見送ろう」と決めた。試した時間が無駄になったわけではない。どの条件で危険になるかを、前より正確に説明できる。
落ち込む野江に、良助は「青い線はきれいでしたね」と言った。試験画面のグラフのことだ。野江は吹き出した。「きれいでも使えないんだよ」「そうなんですね」。青年は素直にうなずいた。その無邪気さに腹を立てる気にはなれなかった。使えない理由を教えることも、次の訓練になる。
夕方、野江は試験結果を共有フォルダに残した。失敗した設定を消せば、半年後に誰かが同じ試験をやり直すかもしれない。日下部は記録へ再検証の条件を添えた。試験環境の電源が落ちると、事務所には通常の監視音だけが残った。今日増えたのは成功例ではなく、選ばなかった道の地図だった。




