公開しない報告
医療機器卸の情報管理担当、滝本は取締役会へ出す説明資料に迷っていた。監視業務の月報には詳細な検知件数が並ぶ。社内の経営陣へ全部見せれば安心してもらえると思ったが、どの数字を見れば危険が分かるのか、自分にも説明しきれない。
トラッバの日下部は、機密情報を含む詳細版と、経営判断向けの要約版を分ける案を示した。滝本は「隠しているように見えませんか」と尋ねた。「隠すのではなく、必要な人へ必要な根拠を示します」。日下部は要約版から元記録へ辿れる管理方法も説明した。閲覧権限は顧客側で決める。
良助が会議で口にしたのは、意外な質問だった。「役員さんは、何を決めるために読むんですか」。滝本は言葉に詰まった。危険を理解してほしいだけなら、何百行の表はいらない。費用や体制を決めてほしいなら、調査が終わっていない案件も分けて伝える必要がある。
滝本は資料を持ち帰り、上司に相談した。次回の会議では監視の成果だけでなく、更新が必要な端末と担当者の配置を議題にすることになった。都合のよい結果を並べるつもりはなかった。
滝本は経営陣から何度も「件数は増えたのか」と聞かれていた。検知の件数が増えても、攻撃が増えたとは限らない。監視対象を追加すれば見えるものが増えるからだ。日下部はその説明を定義欄へ入れ、判断に必要な期間を明記した。数字を小さく見せたいのではなく、数字に誤った意味を持たせたくなかった。
翌週、取締役会では予算の結論が持ち越された。必要な資料が足りなかったからだ。滝本は落胆したが、会議後に一人の役員が「次は何を調べればいいか分かった」と声を掛けてくれた。決定されなかったことも、組織にとって前進になる日がある。帰社した日下部は、その連絡を静かに読み返した。




