試験の席順
梶原聡は演習室の入り口で、自分の名札だけが補助席に置かれているのを見つけた。今日は疑似的な不正ログインを調べる訓練で、監督役の小田切が判断を担う。梶原は画面を操作せず、時刻と根拠を記録する役だ。入社から日が浅いことを、椅子の位置が教えてくれる。
訓練が始まると、最初の通知は正規ユーザーの入力間違いだった。二件目は海外からのアクセスに見えたが、社内で許可された接続の記録が残っている。三件目で初めて、追加の確認が必要になった。梶原は緊張して「遮断しますか」と聞いた。小田切は首を振る。「私たちはまず調べて報告する。顧客の環境へ変更を加えるのは、契約と承認が必要よ」。
後ろで聞いていた良助が、梶原の記録に付いた小さな丸を指した。「これは確定した意味ですか」。梶原は慌てて消そうとしたが、飯塚が止めた。消すのではなく、途中の判断だったと書き添える。考えが変わった経過も、引き継ぐ人には役立つ。
昼休み、梶原は小田切に謝った。「早く役に立ちたくて、先走りました」。小田切は訓練用の机を片づけながら、「確認を急げることと、処置を急ぐことは違う」と答えた。誤りをしたから翌日の訓練を取り上げるつもりはなかった。
途中、梶原は自分のメモに「危険度高」と書き掛けた。小田切はその文字を見ても叱らず、危険度を決めるための情報を尋ねた。接続元、権限、時間帯、既知の操作。梶原は足りない項目に線を引いた。速く決めることばかり考えていたら、決めるために欠かせない材料を見落としてしまう。
午後、飯塚は一枚の報告書だけを梶原へ返した。余白には赤字で「観察した事実と推測を分ける」とある。合格の印ではない。しかし最初の日より具体的な課題が残った。梶原は名札を外し、次回も同じ席から始めたいと申し出た。




